ダアトを発った特務師団がシェリダン港に到着したのは、翌日の午前のことだった。

このシェリダン港とシェリダンの市街は、ダアト同様直接は繋がっておらず、馬車を利用しない場合、数時間を掛けて歩いていかなければならなかった。今回メジオラ高原に派遣されたのは特務師団全52名であり、それだけの人数を馬車で運ぶとなればもちろん1台では到底間に合わない。そもそもの目的地がシェリダンですらないこともあり、彼らはメジオラ高原に続く入り口近くで野営をし、翌朝に高原入りする予定になっていた。

ジェレミアを筆頭に、特務師団員たちが手荷物を手にして船から降り立ったところに、待ち構えていたように近寄る人物がいた。神託の盾の軍服を纏った青年である。

「ジェレミア奏士ですね。今回の遠征に当たり、案内役を仰せつかりました。情報部第二小隊所属・ノイマン奏長であります」

 ジェレミアに対して敬礼した後、青年はそう告げた。その内容に、ジェレミアは怪訝そうな顔をする。

「案内役? ………そのような連絡は受けていないが」

 事前に聞いていないだけでなく、案内役が必要だとも思えなかった。彼らの任務はメジオラ高原の魔物討伐だが、それは高原入り口付近に限ってのことであり、奥地まで踏み入る予定はない。あくまで人里近くまで下りてくる魔物を退治するのが目的であり、魔物を根絶やしにする―――できるはずもないが―――ためではない。

 従って、彼らは高原入り口付近にキャンプを張り、そこを拠点に出入りを繰り返して魔物を減らす予定でいた。案内役が必要なほど奥まで入り込む予定はない。そもそも、案内できるほどに高原内部に詳しいのだろうか? 地元の人間でも、そうそう近寄らないと聞いている。

 不審を覚え、やんわりと断りを入れようとしたジェレミアだが、ノイマン奏長も大人しく引き下がりはしなかった。曰く、彼の遠征への同行は預言に詠まれたためであり、教団員としてこれに反することはできないというのである。ジェレミアを筆頭に特務師団は預言に懐疑的な者も多くいたが、それでも教団の擁する騎士団員である以上、これを拒絶することはできなかった。精々、監視を怠らずにおくくらいしかない。

 不承不承ながら、不穏分子を抱えて行軍すること半日―――高原入り口でキャンプを張って夜を明かした特務師団は、翌朝メジオラ高原へと足を踏み入れた。

メジオラ高原は見渡す限り荒れ地と乾いた砂地が続く不毛の地であり、昼と夜の寒暖の差は激しく、ザオ砂漠ほどではないが十分に過酷な環境であった。ただ行軍するだけでじりじりと体力が失われていく。その上この辺りに生息する魔物はその過酷な環境に適応し得たものばかりで、かなり手強いと聞く。発掘のためこの地に立ち入るシェリダンの住民も、魔物避けの対策をした上で護衛を雇うという話だ。

入り口付近にかねての予定通りに基地を設けたジェレミアは、部隊を大きく二つに分けた。魔物の討伐を行う部隊と、基地を確保し、物資を保管する部隊である。この部隊内でさらに5人ずつの小隊に分かれ、全ての行動は小隊規模で行うよう徹底している。

このうち、ジェレミアは自らを先発隊として組みこんだ。小隊の中には一番経験の浅い新兵であるオスロー響長、そして監視の意味を込めてノイマン奏長も組みこまれている。もちろんその分、他の面子には腕の立つ、信頼のおける者を配置した。

 高原内に棲息する魔物は中型から小型が多かったが、彼らを悩ませたのが、植物に擬態し突然襲い掛かる魔物や、上空から急襲してくる鳥型の魔物だった。それに比べれば、イノシシに似た魔物の突進はさほどの脅威ではない。常に一人が急襲に備え、連携を切らすことはなく―――日頃の訓練の甲斐があってか、大きな怪我人を出すこともなく、彼らは順調に魔物を倒していった。新兵であるオスロー響長もなかなか様になっている。むしろ、臨時で組みこまれたノイマン奏長の方が足手まといに近かっただろう。もっともこれは情報部という所属故、部隊で連携して戦うことの訓練が足りていないせいもあるだろう。腕はそれなりに立つようなのだが。

 数時間を費やして一帯の魔物を退治し終えた彼らは、そろそろキャンプへ帰還することになった。まだ日は高いが、日が暮れ始めてからでは遅いのだ。魔物の中には夜行性のものもいるし、日が暮れればそれらが巣穴から出てこないとも限らない。一方の彼らは夜目などろくに利かない人間であり、夜の闇の中を魔物退治というのはさすがに手に余る。

 早めの撤収を決めたジェレミアたちは、数時間かけて歩いてきた道を、キャンプ地を目指して戻っていった。魔物と戦いながらの行軍だった往路と違い、復路では多少の余裕がある。ふと、視線を巡らせた部下の一人がそれを見出したのは、引き返してからまだ間もない頃のことだった。

「団長、あれを―――」

 メジオラ高原はそここに大きな亀裂や段差があり、時として迷路のような入り組んだ道筋を辿らねば目的地には辿り着けないようになっている。部下の一人が指差したのは、そうした亀裂とおそらくは崖崩れか何かによって、彼らの居る場所からは大きく隔てられた崖の下だった。崩れた岩と共に馬車か何かの残骸が見える。風雨に晒されてぼろぼろになった布は馬車の幌か、衣類だろうか。

「………比較的新しいようだな。まだ数十年と経っていまい」

 遠目にそれを眺めながら、ジェレミアは呟いた。木製の馬車の残骸がまだそれとわかる形を留めているのだから、さほど古い物ではないだろう。この地の文明が滅んで2000年近くが経っているはずだが、このような不毛の地を行き来する者たちがいたのだろうか?

「………シェリダンの技術者でしょうか? 発掘の途中で魔物に襲われたとか―――」

「かもしれんな」

 特にそういった話は聞いていないが、ダアトまで伝わっていないだけで、発掘の途中の事故など珍しくないということなのかもしれない。改めて、気を引き締めて掛からねばと自らに言い聞かせた彼は、しかし次の瞬間殺気を感じて飛び退った。彼が飛びのいたその場所に、一瞬遅れて炎の塊が襲いかかる。

「団長!」

 焦ったように自分を呼ぶ声を聞きながら、ジェレミアは勢いを殺さぬまま地面を転がるようにして起き上がった。襲撃者―――『火を吐く魔物』を想定して剣を抜き放った彼は、見出した『敵』の姿に目を見開く。

「な――――」

 悲壮な顔でこちらに向けて術を放ってきたのは、苦楽を共にした彼の部下だった。情報部の奏長ですらない―――いや、彼もまた、他の部下たちに向けて不意打ちの術を浴びせてはいる。けれど彼だけでなく、確かに部下であった数人の師団員が、味方を崖下に突き落とすべく攻撃を仕掛けているのだ。

「お前たち………ッ!!」

 一瞬の躊躇が、ジェレミアの判断を誤らせた。既に幾人かが不意をつかれて崖下へと落とされていたが、そのまま駆けよって裏切り者を切り伏せれば、活路を見出すことはできただろう。

 けれどジェレミアは躊躇った。その間に、対峙する相手の二発目の譜術が完成する。

「くっ………!」

 とっさに剣を翳して直撃を避けたジェレミアだが、衝撃を殺しきれずに数歩の距離を吹き飛ばされた。辛うじて踏みとどまり、崖下への転落を免れた彼の視界に、まともに食らって宙を舞う、年若い部下の姿が目に入る。

「オスロー響長!」

 真っ逆さまに崖下へと転落していく部下に、彼はとっさに手を伸ばしていた。ただでさえギリギリで踏みとどまっていた不安定な姿勢で身をよじり―――そこに、留めの一撃が見舞われる。

「――――ッ!」

 脂汗すら浮かべた『裏切り者』の部下の顔、薄ら笑いを浮かべた情報部の奏長―――吹き飛ばされるジェレミアが目にした、それが最後の光景だった。

 

 

 

 上官を、仲間たちを裏切って崖下へと突き落とした男たちは、はあはあと荒い息をついて肩を上下させた。放った譜術や動作の運動量を思えば大げさすぎるほどの挙動は、あるいは動揺と後ろめたさによるものなのかもしれない。

 ようよう呼吸を整えた男たちの一人が、青い顔で崖下を睨みながら、念を押すように口を開く。

「………なあ、これで………俺たちは助かるんだよな?」

 問いを向けられたノイマン奏長は、ゆっくりと首を巡らせる。

「団長と一緒に行ったら、死んじまうって………」

「俺らはもう、大丈夫なんだよな!?」

 一人が口を開いたことで、裏切り者の師団員たちが次々とノイマン奏長に詰め寄った。

 ―――表向き、教団は死を詠むことはできないと言われている。けれどそれが必ずしも正しくないことを彼らは知っていた。教団の最高指導者である導師はその生没年をユリアの預言に詠まれており、またマルクトとキムラスカの間に起こった戦争も、預言に詠まれたものがいくつもある。個々人の死、全体としての死―――間違いなく、それは死の預言である。

 つまり死の預言とは『詠めない』のではないのだ。詠んではならない―――いや、詠んだ事を明らかにしてはならない。なぜなら、それを覆そうとする者が現れるから。

 目の前の、彼らのように。

 侮蔑の滲んだ薄笑いを浮かべて、奏長は生き残った師団員達へと視線を投げる。

「ジェレミア奏士は今回の遠征での死亡が詠まれておりました。同行した者も同様に。―――預言に詠まれたのは、『特務師団の全滅』です」

「な――――」

 告げられた言葉に、彼らは絶句した。死を詠まれたのはジェレミアだと、彼を引き離すことができれば助かるのだと―――目の前の男は、確かにそう言ったはずなのに!

 けれど、彼らは抗議の言葉をぶつけることも出来なかった。いつの間にか彼らを囲うように展開していた部隊が、彼ら目掛けて譜術の矢を雨のように浴びせてくる。

 断末魔の叫び声を上げて、彼らはついに物言わぬ躯となった。それを一瞥したノイマン奏長は、部下たちへと視線を投げる。

「………入口の部隊は?」

「抜かりなく」

 全て始末いたしましたと、簡潔な報告が返る。それなりに腕の立つ師団員たちではあったが、一方の彼らは奇襲や暗殺に特化した部隊だった。正面からぶつかったのでなければ、いくらでもやりようはある。

 部下たちに死体の始末と撤収を命じ、ノイマン奏長もまたダアトへ帰還すべく踵を返した。

 

 

 

      ※※※

 

 

 

 ジェレミアたちから遅れること半日と少し―――ベルケンドからシェリダンへと辿り着いたルルーシュたちは、合流したスザクらギルドメンバーと共にメジオラ高原へと駆けつけた。

「な………、これは?」

 その彼らが高原の入り口で見た物は、無残に焼け焦げた複数の遺体だった。まださほど時間は経っていないだろう。

「………魔物、じゃないよね。これ」

 屈みこんで遺体の状況や周囲の被害を見ていたスザクが、慎重に呟いた。遺体には魔物の爪や牙、そういった傷跡が一切ないのだ。この辺りに生息する魔物の種類はルルーシュたちも把握しているが、炎を吐くようなタイプはいなかったと記憶している。そもそも、辺りに残る足跡は、魔物のそれではなく、人間―――それも軍靴の物ばかりである。

「………譜術の跡だな。それもこの規模となると中級から上級クラスだ」

 抉れたような地面、高温で溶けた跡―――それらを慎重に観察しながら、ルルーシュは呟いた。自身も譜術士である彼は、術士は訓練を積んだ人間だと判断する。少なくとも野盗崩れの譜術士に放てる術ではないだろう。

「………どうする? 生き残りを探してみるか?」

 バダックがルルーシュへと問いかける。咲世子の情報によれば、遠征には全特務師団員が派遣されたということだった。その数はおよそ50名程―――しかし周囲に転がる遺体は、その半数にも満たない。生き残りがいるのか、あるいはここではないどこかで殺されたのかは定かではないが。

「ああ、そうだな。何が起こったのかもわからんのは収まりが悪い」

「ジェレミア卿の行方も知りたいしね」

 あえてルルーシュが口にしなかった部分を、スザクが言い添える。

ジェレミアはルルーシュにとって咲世子同様、無条件に信頼のできる臣下だった。その彼の消息がようやく掴めた矢先に生死不明とあっては、心配するなというのが土台無理な話だ。

「………ああ」

 スザクの言葉に、ルルーシュは言葉少なに頷いた。




Darkest before the dawn

鋼の忠義・3


 

※※※



うーん、まだ文章がおかしい気がします………。テンポが悪いなぁ………。


というのは置いとくとして、そろそろ再会できそうです。次回か、その次辺りかと。ちなみに意味ありげに出てきた情報部の奏長はただのモブなのでもう出てこない予定です。名前も適当。

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