しんみりと黙り込んだ二人の背に、男にしてはやや甲高い声が降ってきた。

「あっれぇ〜、お久しぶりでぇす、陛下ぁ〜。まぁた随分小っちゃくなっちゃって〜」

「………ロイドか」

 振り向くまでもなく相手がわかってしまったルルーシュは、一気に脱力して肩を落とした。当初の目的は彼に接触することだったわけで、ここで会えたのは好都合ではあるのだが、相変わらずのテンションに生気を吸い取られたような気持ちになる。

「ロイドさん………」

 同様に、あまりにもマイペース過ぎる知己の姿に、スザクは苦笑いを浮かべた。彼に一般人と同じような情緒だの感動だのを期待するほうが間違っているのだろう。

「あ、スザク君も久しぶりぃ〜。っていうか君もいるって事はぁ、やっぱり僕のランスロットはスクラップかぁ………」

 何だかピントのずれた悲しみ方をしているロイドに、スザクはぽりぽりと頭を掻いた。

「スクラップっていうか、フレイヤで消し飛んだんだから欠片も残ってないと思いますけど………」

 もちろんランスロットの中にいたスザク自身の身体にも同じことが言えるのだが、だからこそ逆にスプラッタな大惨事にはならずにすんだだろう。

 それにも関わらず、僕のランスロット〜だのラクシャータの紅蓮が〜だの、よくわからないライバル意識で悶えているロイドを半眼で見やって、ルルーシュはため息をついた。

「………久しぶりだな、ロイド。お前は相変わらずのようだが」

 こめかみを揉み解しながらルルーシュはそう言った。肉体年齢13歳にも関わらず、苦労人の仕草が染み付いてしまっている。かつてと比べれば信頼できる者は格段に増えたが、同時に型破りな人間も増えた。日々、振り回されている気がする。―――それでもそれは、幸福な苦労ではあったが。

 気を取り直して顔を上げたルルーシュは、ロイドの服装をさりげなく観察しながら口を開く。

「ミレイからはマルクト軍にいると聞いているが………軍属の研究者あたりか?」

 譜術士という線もなくはないが、ロイドが軍人として前線に出るというのも考えづらい。ミレイによればしばしば脱走しているということだし、おそらくかつてのように開発、あるいは研究部門にいるのだろう。半ば以上確信しての問いに、ロイドはひょい、と肩を竦めて見せた。

「残念ながらその通りでぇす。選択の余地なく、って感じですねぇ」

 軽い口調ではあったが、その端々に皮肉るような、冷たい気配が滲む。ミレイは何らかの事情があるらしいと言っていたが、なるほどその通りらしい。

「マルクトの軍人の養子になっているらしいな。………今のセントビナーの責任者はフリングスと言ったか。そういえば、マルクトの高名な譜業博士に、フリングスというのがいたな? ネイス博士と並んで、二大譜業博士と呼ばれていると」

 フォミクリーの権威であるバルフォア博士、そして二人の譜業博士ネイスとフリングス。マルクトの誇る科学者と言えば、近年ではこの3人を指す。

 その関連性を指摘すれば、ロイドはパチパチと手を叩いた。

「ご明察〜。ここのフリングス将軍が、僕の身元引受人(ちちうえ)でぇす」

 いかにも含みのある言い方だった。ルルーシュが器用に片眉を上げて視線で促せば、ロイドは両手を大きく広げてやれやれと首を振る。

「ま、要するに軍のお偉いさんに都合の悪い事を知っちゃったんですよ〜。そのまま処分されるところを、仏心を出したおチチウエが養子にして監視するからって助命を願い出てぇ、そしたらうっかり譜業で有名になっちゃったんでぇ、軍に拘束されちゃったってわけでぇす」

「ロイドさん………」

 大きく嘆息したルルーシュに代わり、スザクが頭痛を堪えるように首を振る。口封じに殺されるところだったと言いながら、一向に危機感も悲壮感もなさそうだ。相変わらずすぎて、脱力する以外にどうしろというのか。

「都合が悪いこと、というのは?」

 一方のルルーシュは、ロイドの持つ情報がマルクトに対する何らかのカードとなりうるか否か―――紫の瞳を煌かせて問いかける。

その猛禽類のような眼差しに、ロイドは上機嫌に笑みを閃かせた。

 

 

      ※※※

 

 

「ふんふ〜ふふぅ〜ん♪」

 今日も今日とて脱走した挙句、夕方にようやく軍基地まで戻ってきたロイド・フリングス博士は、調子っぱずれな鼻歌を歌いながら上機嫌で自室へと向かっていた。心なし―――どころか明らかに、足取りすらも軽い。スキップしそうなほどだ。

十代前半の子供が相手ならばそんな様子を微笑ましく見守れただろうが、ロイドは既に成人したいい大人である。すれ違う軍人・事務官たちはドン引きしていたが、もちろんそんなことを気に掛けるロイドではない。至ってマイペースに、板張りの廊下を進んでいる。

研究室として与えられた部屋(自室は別にあるのだがほとんど戻ることはなく、いつの間にか研究室の片隅に寝袋が持ち込まれていたりする)に辿り着いたロイドは、ガチャリと勢いよく扉を開けた。そしておや、とでも言いたげに目を瞬かせる。用がなければ誰も立ち入らないような部屋に、この日は珍しく来客の姿があったからだ。

「………遅かったですね。こんな時間まで、一体どこに行っていたんですか、貴方」

 本や機材が雪崩を起こして腐海もかくやという部屋の中央に立っていたのは、銀の髪をした二人の青年だった。神経質そうな眼鏡を掛けた青年とマルクト軍の尉官の軍服を纏った青年――― 一人はロイドにとっての同僚で、もう一人は義理の弟に当たる人物である。

「あっれぇ〜? 珍しいこともあるもんだねぇ。わざわざグランコクマから来たのかい? サフィール」

 サフィール―――ロイドの遠縁であり、同僚でもあるサフィール・ワイヨン・ネイス博士は、ロイドのとぼけた台詞にぴくりと頬を引きつらせた。

「………来たくて来たんじゃありませんよ、私だって! 貴方がサボタージュするから、皺寄せが来てるんですよ! このワ、タ、シに!! 私の貴重な時間をどうしてくれるんです!!」

「ああ、例のアレの話? ふぅん、まだ諦めてなかったんだ〜」

 あっけらかんとして嘯くロイドには、悪びれた様子は微塵もない。キンキンと響くサフィールのキレ気味の声音にも動じず、やれやれと肩を竦める。

「老い先短いのによくやるよねぇ〜。サフィールも、いちいち相手せずにほっとけばいいいのにさぁ〜」

 それどころか、へらりと笑いながら更なる暴言を吐いた。

「に、義兄(にい)さん! 何て事を言うんですか!!」

 それが『誰』に対するものかを悟ったもう一人の青年―――ロイドの義弟であるアスランが、血相を変えて嗜めた。ロイドが指すのはマルクトの頂点に立つ皇帝のことであり、ロイドの発言は間違いなく不敬罪だった。物理的に首が飛んでもおかしくない。

 しかし、よりによってマルクト軍基地内で皇帝を侮辱しながら悪びれたところのないロイドは、気にした様子もなくひらひらと手を振ってみせる。

「ああ、アスラン君、久しぶりぃ〜」

「………義兄さん………そうではなくて………」

 相変わらずの義兄の様子に、アスランは頭が痛いと言わんばかりに沈鬱な表情を浮かべた。生真面目な彼は、4歳年上の義兄を相手にしていると、時折全く違う生き物と話をしているような錯覚を覚える。嫌いというわけではなかったが、どうにも苦手な相手ではあった。―――士官学校を出たばかりの17歳の好青年には、癖の強いロイドの相手は荷が勝ちすぎるに違いない。

「………フリングス少尉。言って直るような性格ではないでしょう。放っておきなさい」

「………は、失礼しました」

 不本意ながらアスランよりも接点が多く、ロイドの矯正が困難なことを知り尽くしているサフィールが嗜めれば、アスランは居住まいを正して引き下がった。そもそも普段はグランコクマに勤務しているアスランがここにいるのは、サフィールの護衛としてである。まして正式な軍人ではないものの、サフィールは軍属の研究者として重用されており、佐官相当の特権を許されている。二重の意味で、彼はサフィールの命令に従わねばならない。

 大人しく口をつぐんだアスランはサフィールの背後に直立して護衛の任務に戻り、サフィールは適当な椅子に腰を下ろして深々とため息をついた。―――その椅子も、座面の3分の1以上がよくわからないガラクタで塞がれていたが。

 テーブルの上に放り出された設計図を適当に手に取って、サフィールは顔を顰める。見たところ譜業の設計図のようだったが、彼の知識をもってしても、全く意味がわからない。それどころか使われている文字らしきものすら、サフィールには解読不能だった。シルエットだけを見れば、どこか人の形に似ているようだが、一体何に使うものなのだろうか?

「………全く、本当に一体何なんですか、これは?」

 しぶしぶ―――少々どころでなくプライドが傷つきつつも―――サフィールはロイドへと問いかけた。

「んん〜? これはぁ、僕のだぁ〜いじな玩具さぁ!」

 サフィールが手に取った図面をひょい、と抜き取って、ロイドはひらひらと翳して見せた。しかしその言動以上に、ロイドの発言にサフィールは目を見開く。

「玩具ですって!?」

 何を言っているんだと、そう言いたげな表情でサフィールがロイドを凝視した。立場上口を噤んだアスランも、なんとも言えない表情で絶句している。

「ま、こっちじゃせいぜい趣味の玩具止まりだけどさぁ〜。サクラダイトもないしぃ、素材も違うし、そもそも音素取込部位がデカすぎるんだよねぇ………」

 不満そうにブツブツと呟いたロイドは、まあいいやと設計図を投げ捨てた。未練がましく、記憶を頼りに引きなおしたランスロットの図面だが、オールドラントの物資と文明レベルで再現できるものではないことはわかりきっている。飼い殺し状態で暇を持て余していた―――マルクト皇帝の望みの研究をする気はさらさらない―――間の暇つぶしでしかない。かつての主君と再会し、彼らと合流しようという今、固執することもないだろう。かつては世界とブリタニアに真っ向から挑み、生まれ変わった今も世界に挑まんとする彼らとなら、それなりに面白いことにも出会えるかもしれない。

「………っと、ちょっと! 聞いてますか、ロイド!!」

「ぅん?」

 肩を揺さぶられて我に返れば、サフィールが苛立ちを隠そうともせずにすぐ目の前にいた。ああいたんだっけ、とうっかり呟いてしまったがために、サフィールがキンキンと響く声で喚き散らす。

「いたんだっけじゃありませんよ! 貴方私を馬鹿にしてるんですか!? そもそも貴方がそうやって遊び呆けてるせいで、例の実験が一向に次の段階に進めないんですよ!!」

「あっははぁ〜〜、いいじゃん別にぃ。放っとけばぁ? どうせ年なんだから、そのうちぽっくり逝ってくれるって〜」

「そう上手くいったら苦労はしませんよ!! ああいう輩ほどしつこいに決まってるじゃないですか!!」

 サフィール自身も相当鬱憤が溜まっているのか、ロイドに釣られて危険な発言が混じり始めた。直立してそれを聞いているアスランは、どう反応すべきか内心でおろおろしていることだろう。

「と、に、か、く! 貴方があっちを進めないと私がいつまで経っても解放されないんですよ! 私だって自分の研究があるんです。いつまでもあんな物にかかずらっていられないんですよ!!」

 ロイドとサフィールはどちらも優秀な頭脳を持つ譜業博士だが、その得意分野は違う。ロイドの担当する部分はサフィールでは専門外なところもあるし、それを一からやり直そうとすれば、随所にその影響が現れるだろう。

 だからなんとしてもロイドに作業をさせてさっさと終わらせてしまいたいのに、当の本人がこれである。ロイドはふんふんと鼻歌を歌いながら、散らばった図面を拾い始めてしまった。恨みがましげに睨み付けるサフィールに、ロイドは背中越しに声を投げる。

「だからさぁ、適当に誤魔化して『失敗しましたぁ〜』ってやっとけばいいんだって〜。そのうち時間切れになってくれるでしょぉ〜?」

「この私に失敗作を引き渡せって言うんですか!?」

 自らを天才と自負しており、プライドの高いサフィール―――もっとも、彼がそう振舞うようになったのはここ数年のことだが―――はロイドの提案にますますエキサイトした。それを話半分で聞きながら、ロイドはでもさぁ、と肩を竦める。

「いわゆる『若返り装置』なんて物を成功させちゃったらさぁ、いつまでたってもあの耄碌ジジイに付き合わないといけなくなるじゃない?」

「………あ」

 ロイドの指摘に、サフィールはぽかんとして目を見開いた。うっかり失念していたらしい。

 彼らが話題にしている実験―――サフィールとロイド、高名な譜業博士である彼らがマルクト皇帝から命じられているのが、フォミクリーを応用して延命及び若返りを実現する、ということであった。

 このフォミクリーとは、物質を複製する技術である。複製された物をレプリカ、その元となった物を被験体(オリジナル)と呼び、複製されたレプリカは被験者と同一の外観・内部構造を持つ。

 フォミクリーでレプリカを生み出す際には専用の譜業でレプリカ情報を抜き、それを元に複写した細胞を第七音素で結合して復元するのだが、件の皇帝はこの復元技術を応用し、自らの身体の老いた部分を若い細胞と挿げ替えようと考えたのだ。

しかし現行のフォミクリーは確かに生体にも応用することは可能だが、生み出されたレプリカは被験者とほぼ同じ外観で生まれる。すなわち、意図的に被験者の若い頃のレプリカを作成することはできないし、被験者の身体の一部分だけをレプリカと入れ替えるような真似もできない。はっきり言って、無謀としか言いようのないプロジェクトだった。

しかし近年、現皇帝は老いと病で急速に弱ってきている。なまじ心臓が強かったために生死に関わる状態ではないようだが、長年の美食のツケで肥満や内臓の疾患を抱え、常に身体の痛みや倦怠感に悩まされているらしい。預言によればまだまだ彼の治世が続くようだが、病に苦しみ痛みや不自由を抱えながら、というのは真っ平ごめんということなのだろう。快適な余生を過ごすために―――というのが、当初の目的ではあった。

とはいえ、いざ装置が完成したとして(非常に可能性は低いが)、一つが叶えばもう一つと、際限なく欲望を持つのが人間の性である。何度も何度も繰り返し使用しては、少しでも長く生きようとするだろう。預言は『死』を詠むことができないという建前を逆手にとって、ズルズルと生にしがみつく姿が想像できる。

そんなことにつき合わされるのはごめんだろうと問いかけるロイドに、サフィールももごもごと口篭った。彼が軍属の研究者として皇帝の命に従っているのは、単にマルクトで生きていくための方便だ。彼には彼のやりたい事がある。そのためには同志が属し、また資金源でもあるマルクトにいたほうが都合がいいというだけだ。

「〜〜〜そ、そうは言っても体裁って物があるでしょう! どっちにしろ、貴方にも参加してもらわないと困るんです!!」

 高らかに宣言すると、サフィールはビシィ! と指を突きつける。

「サフィール、人を指差しちゃダメって教わらなかったのかい?」

「うるさいですよッ!!」

 空気を読まないロイドのツッコミにがなった後、サフィールは気を取り直して胸を張る。

「とにかく、貴方にはグランコクマに移ってもらいます! 拒否権はありませんよ!! そのために私が来たんですからね!!」

「えぇえ〜〜?」

 心底嫌そうに不平を露わにするロイドだが、言うだけ言って気が済んだサフィールは、連れてきた軍人たちを招き入れて資料の箱詰め作業を始めてしまう。

 やれ勝手に触るな、乱暴に扱うな―――文句をつけるロイドと、それに応酬するサフィール。

喧々囂々とやりあう科学者二人をアスランは脱力仕切った様子で見やり―――ふと、違和感を覚えて眉宇を顰める。

(義兄さん………?)

 一瞬だけ、へらりと細められた義兄の瞳が、鋭く輝いたような気がしたのだ。しかしまじまじと見つめ直しても、既にいつもどおりのロイドの姿でしかない。

不審を覚えつつも、決定的ではないそれをアスランは口に出すことはなく―――。

 

 

 

―――任務でグランコクマを離れていたアスランが、グランコクマに移住した義兄が譜業の暴走事故を起こして研究室ごと爆死したという知らせを受け取るのは、この2月後のことであった。




Darkest before the dawn

赤き灯火・4


 

※※※



ロイドはサクッと合流です。ロイドが養子になった詳しい経緯についてはまた今度かな。最初はきっちりその部分も書いてたんですけど、文章が繋げにくくなるのもあって削りました。でもそうなるといつになれば出てくるかなーという気もします。下手したら本編軸でのグランコクマ訪問時とかになりそう(汗)。


あと銀髪繋がりでサフィールも登場させてみました。ロイドが21歳、サフィール24歳のつもりで書いてるので、年の差が3歳あります。ケテルブルクにいた頃は多分あんまり交流はなかったでしょうね。軍属になって、同僚として顔を合わせていくうちにそれなりに会話するようになったという感じです。なのでサフィールのジェイド狂っぷりはあんまり変わってないかも。なんか本編軸前までにサフィールを仲間に引き入れるのは難しいような気がひしひしとしてきましたよ………。
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