半日に渡る話し合いの結果、ミレイとリヴァルは勤め先を辞してルルーシュの元に合流することになった。生前(というのも妙だが)蚊帳の外にされたことを相当根に持っているらしく、二人とも有無を言わせない勢いだった。

もっとも、この期に及んで彼らを巻き込みたくない―――などと言うつもりはルルーシュにもさすがにない。むしろ少しでも多くの仲間、多くの人材が必要であり、渡りに船とすら言えた。

 今すぐにでもついて行きたそうな二人だったが、ルルーシュはその前に今の勤め先をきちんと辞めてくるように告げた。ミレイはまだしも、リヴァルはこのままだと、少々面倒なことになるからだ。

 もちろんその理由は、リヴァルが気がついた物資の横流しと無関係ではない。彼の勤め先―――コルチャック商会は、麻薬の精製に携わっているのだ。

 2年前、ルルーシュがアスターと協力してキングを摘発した後、人身売買に関与した者とその犠牲となった女性たちの調査と共に、薬の入手ルートの捜査も行われていた。それがケセドニア内部だけならば、商人ギルドの幹部となったアスターの権限で押し通すこともできただろうが、事はダアト、そしてマルクトにすら及んでいた。ケセドニアはローレライ教団の後援によって両国から自治を許されているという背景があり、ダアトに対して強硬な姿勢には出られない。同様に、国力があまりにも違いすぎるマルクトに対しても。

 そうした事情から、ケセドニア外の調査に関しては反対・妨害も多く、表立って行うことは難しかった。特にダアトにしてみれば、聖職者である教団高官による薬物使用・人身売買関与―――いわば大変な醜聞だ。表沙汰にされては困る。おのずと、その調査は秘密裏な物とならざるを得ない。

 それを一手に引き受けたのが、ルルーシュたち漆黒の翼(エル・デュ・ノアール)だった。傭兵ギルドと言えば荒事向きな所がほとんどだったが、彼らはバダックの伝手や参入した咲世子の調査能力、そしてルルーシュの頭脳によって、裏付け調査のような依頼にも対応することができた。キング摘発から関わっているから話が早いということもある。

そしてルルーシュ側にしても、キングに連れ去られたと思しき女性の中にユフィの従姉がいたということで、その行方を追う都合もある。ルルーシュは通常の依頼と平行して人員を割き、これらの調査を続けてきた。

 その結果、辿り着いたのがコルチャック商会だった。おそらく彼らはグミ用に薬草を精製していく過程で偶然に、件の薬草と市販されているボトル類を特定の比率・手順で混ぜると、依存性の高い麻薬となることに気付いた、というところだろう。―――おそらくは、最初は純粋に新製品の開発をしていただけなのだろうが。

 コルチャック商会で作られた麻薬―――鮮やかな緑色をしていたことから、裏市場では古代イスパニア語で『緑』を意味する『ウィリディスの悪魔』と呼ばれていた―――は濃縮した原液であり、流通しているのはこれを数十倍に希釈した代物だが、それでも目の飛び出るような高額で取引されていた。単価の安いグミを作って売るよりも、よほど割りのいい商売だったに違いない。

 ルルーシュたち漆黒の翼(エル・デュ・ノアール)がそこまでの調を終えたのが、数ヶ月前のことだった。その後、咲世子が度々精製工場に侵入し、重要な証拠の類は確保した。中毒患者の治療のために、製法とサンプルも入手してある。

後はマルクト軍にタレ込みをして―――と言いたいところだったが、正直ダアトの高官と密接なパイプを持つマルクトに掛かっては、揉み消される可能性もある。巡り巡ってダアトの醜聞にもなりかねないし、マルクトの有力者の中にもこれらに関与していた者たちはいるからだ。

そのため件の工場は火事を装って潰し、コルチャック商会そのものも、商会側の過失による出火で事務所が延焼したため倒産を余儀なくされた、ということにする予定だった。同一会社での相次いでの火災は不審を招く可能性はあるが、そもそも麻薬の精製工場は表向き、ただの廃工場ということになっている。―――それでも秘密裏に調査する者は出てくるだろうから、スケープゴートとして、コルチャックの商売敵を利用させてもらうつもりだった。もちろん商売敵というのは裏市場でのことで、『ウィリディスの悪魔』の台頭によってシェアを奪われた薬の元締めとなれば、コルチャックを恨む理由は十分すぎるほどにある。

これらの根回しも段取りも全て完了し、後は決行のみという段階だったが、リヴァルがそのコルチャック商会の従業員というのはあまりよろしくない。コルチャック商会は表向き罪に問われることがないはずだが、万が一ということもありうる。後腐れなくしておいたほうがいい。

こうした事情を事細かに説明された後、リヴァルは(脅迫要員として)強面のバダックと共にコルチャック商会へ、そしてミレイも自らの勤め先へと足を向けた。使い勝手のいい小間使いとして酷使されていたリヴァルは勤め先の性質もあって多少揉めるかもしれないが、ミレイはカーティス家の横槍のせいで、現在腫れ物のような扱いを受けている。彼女にとっては少々癪ではあるが、おそらく引き止められることもないだろう。

意気揚々と辞表を提出しに行った二人を見送って、ルルーシュもまたスザクと共に宿を出た。残った咲世子には、引き続き廃工場の監視を命じてある。

行き交う住民の間を縫って二人が辿り着いたのは、ミレイから教えられたソイルの展望台だった。運よくロイドに会えればよし―――それが無理でも、書置きなどを残して接触を試みるつもりである。

 展望台まで辿り着き、ルルーシュは荒い息をついて据え付けられたベンチに腰を下ろした。セントビナーを一望できる大樹だけあって、幹の中ほどまでだというのにかなりの高さがある。階段の一気登りは地味に過酷だった。乏しい体力をがりがり削られたルルーシュは、ぐったりと項垂れている。

 一方、ルルーシュを疲労困憊させた階段など軽い準備運動程度でしかないスザクは、苦笑交じりに声を掛ける。

「………大丈夫?」

「うるさい………この体力馬鹿が」

 ぜえぜえと息をつきながら、ルルーシュはスザクを睨み付ける。どうしてそんなに平然としているんだと、さらに悪態をつこうとして―――その瞳が、不意に大きく瞠られた。

「ルルーシュ? どうかし………」

 どうかしたのか―――そう問いながら視線の先を追ったスザクも、同様に凍りつく。

 

 

 ―――久し……り…な。私の魔王

 

 

 そこには、灰色の魔女―――C.C.の姿があった。

「C.C.!?」

 ベンチから立ち上がり、2歩、3歩と歩み寄ったルルーシュは、呆然として口を開く。

「お前、一体………その姿は………」

 C.C.の体は、うっすらと透けていた。ソイルの枝が風揺れる中、彼女の長い緑色の髪はそよぐこともない。その身体は陽炎のように揺らめいて、時折金色の光が、炎のように彼女に纏わりついている。

 ルルーシュを見やって懐かしげに目を細めたC.C.は、しかし不意に痛みを覚えたように顔を顰めた。自らの手で両肩を掴み、痛みに―――あるいは怖気に耐えるように眉宇を顰め、忌々しげに口を開く。

 

 

 ―――………が、ない。………る……の、……光が………

 

 

 ぽつりぽつりと、C.C.が何事かを囁いた。けれどその声は彼女の姿同様風前の灯のごとくゆらゆらと揺れ、確たる言葉を紡ぐことはない。

「C.C.! 何を言っている? どこにいるんだ!!」

焦れたように叫んで、ルルーシュはC.C.の元へと駆け寄った。

しかし延ばしたルルーシュの手は彼女に触れることもなく、その向こう側へと突き抜けるだけだ。

「C.C. ………」

 それを目の当たりにしたスザクも、掠れた声で目の前の少女を呼んだ。亡霊か、幻か―――不死なる魔女であったはずのC.C.の姿に、彼もまた動揺を隠せない。

 

 

 ―――セフィ……を………あの……の………が、全てを………

 

 

苦悶に顔を歪めながら、C.C.はようようそれだけを呟いた。その揺らめく姿がまるでノイズでも走ったかのように大きくブレ、見る見るうちに薄れていく。

「C.C.ッ!!」

「C.C.!」

届かないと知りながらも、ルルーシュは再び手を伸ばした。スザクもまた、焦りを滲ませ声を上げる。

 

 

 ―――………

 

 

顔色を変えたルルーシュの姿にどこか満足げに笑い、C.C.の姿はふっつりと掻き消えた。

呆気にとられて立ち尽くす二人の耳に、コトン、という乾いた音が届く。

「………? 何だ、これは」

 音のした方角に視線を向けたルルーシュは、板張りの展望台の床の上に、子供の拳大ほどの大きさの塊を見た。先ほどまでは確かになかったはずの物―――おそるおそる近寄って手を伸ばし、慎重に拾い上げる。

「………種?」

 横から覗き込んだスザクが、困惑も露わに呟いた。やけに大きいが、確かに植物の種子のように見える。

「「………」」

 しばし無言で覗き込んでいた二人だが、不意に強い風が吹いた。ざわりと、緑の大樹が揺れる。

 なんとなく―――なんとなく、それがこの種に呼応しているような気がした。根拠も何もない、ただの妄想だ。論理を重視するルルーシュにとって、第六感のようなものを頼りにするのはらしくないことだという自覚もある。

 けれど―――。

「ソイルの種………か?」

 ずっしりと重い種を見下ろして、ルルーシュはそう呟いていた。

 ソイルの木の下で束の間の再会を果たしたC.C. ―――その彼女と入れ替わりに、おそらくは彼女が残していったであろう種。何らかの因果関係があっても不思議ではない。

「どうするの、それ」

「そうだな………」

 手の上で転がしながら、ルルーシュは思案する。

 C.C.は一体何が言いたかったのか、何をさせたかったのか。それにこれが必要なのだろうか?

 しばし考え込んだルルーシュは、なんとなしに呟いた。

「………植えてみる、か?」

 いずれどんな形で必要となるかもわからない物だ。きちんと保管しておいたほうがいいと、頭ではわかっている。

 けれど、なぜかそうするのが正しいような気がしたのだ。この種がそう望んでいる―――そんな気がする。我ながら奇妙なことだと、ルルーシュは苦笑した。

 スザクも異論はないらしく、こっくりと頷く。

「そうだね。今度戻ったら、植えてこようよ」

 いまだ建設途中の、秘された街―――彼らの新しい故郷。

 荒地に眠る遺跡を利用してようやく生活できるようになったばかりの、決して恵まれたとは言えない土地。

 そこに緑が生い茂る大樹の幻を見た気がして、ルルーシュはそっとその種をしまいこんだ。




Darkest before the dawn

赤き灯火・3


 

※※※



予定より早いですが、せっかくセントビナーに来たのでC様がちょっくら登場です。当分は出番があってもこんな感じかなー。


あ、ちなみに同行者がスザクなのは単なる消去法です。あと一応ロイドに接触しに来たんで、面識ある(一応親しいと呼ぶんだろうか………)スザクが来たというのもあるかな。大分普通に会話できてますが、ケセドニア編から2年経ってるので、さすがにいつまでもギスギスしてはいないです。もっともルルーシュがスザクの事を親友と呼ぶのは難しいでしょうが。
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