ルルーシュに抱きついてひとしきり泣きじゃくったユフィは、ようやく泣きやんだと思ったら、今度は所在なさげに立ち尽くしていたスザクに飛びついた。

すわ、かつての主従の感動の再会か―――自然とそう考えたルルーシュだったが、次の瞬間ユフィはスザクの襟首を掴んで揺さぶりだした。その有り様は、どう贔屓目に見ても感動の再会ではない。先ほどからのイレギュラーの連続でルルーシュは思考停止状態にあったが、彼がユフィとスザクのやり取りに耳を傾ける余裕があれば、大馬鹿だのダメ騎士だの不忠者だのとスザクを罵るユフィの声が耳に届いたに違いない。

呆気にとられたままのルルーシュには彼らを止める余裕はなく、またほわわんと微笑みながら慎ましくルルーシュの側に控える咲世子が仲裁に入る様子は微塵もない。いつ終わるともしれない元主従の言い争いに終止符を打つきっかけとなったのは、先ほどまで蚊帳の外で唖然としていたジョゼットだった。

「………ルルーシュ。どういうことだ、あれは?」

 頭痛を堪えるようにこめかみを揉み解しつつ、ジョゼットは問いかけた。名指しで問いかけられたお陰でようやく我を取り戻したルルーシュは、言葉を探してわずかに視線を彷徨わせる。

「え………あ、ああ……その、彼らは………」

 その様子でおおよそ事情を察したジョゼットは、ため息交じりに呟く。

「………つまり、お前やニーナの同類か」

 ルルーシュと同郷で、血縁でもあるジョゼットは、ルルーシュのアディシェスにおける交友関係をおおよそ把握している。ジョゼットの見覚えのない彼らがルルーシュと親密な関係であるというのなら、ニーナ同様『前世』とやらの関係者なのだろう。

「ああ………まあ、そうなる、な」

 ルルーシュも誤魔化すことはせず、ジョゼットの言葉を肯定した。斜め後ろに控えていた咲世子に視線をやれば、彼女は心得たように一歩進み出る。

「お初にお目にかかります。篠崎咲世子と申します。生前はルルーシュ様にお仕えしておりました。以後、お見知りおき下さい」

 さらりと『生前』などと口にする咲世子に面食らいつつ、ジョゼットはルルーシュから咲世子へと向き直った。

「………私はジョゼット・セシルだ。ルルーシュとは遠縁に当たる。………ええと、シ、シノザキ………?」

 ジョゼットは先ほど聞いた名前を繰り返そうとするが、その発音はぎこちない。

 何しろ、オールドラントで一般に使われている言語はフォニック語だ。過去の文献や遺跡、古い碑文などでは古代イスパニア語も見られるが、どちらの発音や表記も日本語とは程遠く、当然漢字などもない。日本人としての彼女の名前は聞き慣れず、また言いにくい物なのだろう。

「どうぞサヨコ、とお呼び下さい。ジョゼット様」

 咲世子にとってルルーシュは主君であり、ジョゼットはその縁戚に当たるという。ならばジョゼットは咲世子にとって主ではないにしろ、それに準ずる扱いをするべき相手である。―――ルルーシュに害を為さない限り。

「あ、ああ、承知した」

 多少ぎこちないながらも頷いたジョゼットは、次いで喧々囂々とやりあったままの残る二人へと視線を向ける。釣られて彼らを見遣ったルルーシュは、疲れたようなため息をついた。

「ユフィ。………ユフィ!」

 少し大きめの声で呼びかければ、ユフィはぴたりと口を噤んで振り向いた。

「ルルーシュ?」

 左手でスザクの襟元を掴み、右手を振り上げて―――その振り上げた手に茶色のくるくるふわふわしたブツが握られているような気がしたが、ルルーシュは見なかったことにした。彼の知っているユーフェミアは自分の騎士をフルボッコにしたり騎士の頭皮に円形脱毛症を量産したりはしない。多分見間違いである。

「………こっちへ来てくれるか。紹介する。………スザクも」

「ええ、わかりました」

 ぽいっと擬音が付きそうな勢いでスザクを放り出して、ユフィはたたたっとルルーシュに駆け寄った。尻もちをついてしばし呆然としていたスザクだが、再びルルーシュに促され、のろのろと起き上がる。おそらく、彼の内心は『死に別れた主君』の知らなかった一面に茫然自失状態というところだろう。もっとも、その『一面』を引き出して悪化させたのはユフィの死後にスザクが取った諸々の行動であり、自業自得と言えなくもないが。

 スキップせんばかりの軽やかさで駆け寄ってきたユフィは、ルルーシュの真横にぴたりと陣取った。陰気な顔でとぼとぼとやってきたスザクは、少し離れたところで所在なさげに立ち止まる。

「彼女はユーフェミア。俺の………異母妹、だった。かつてのな。それから、こいつはスザクという。友人………いや、元友人、と言うべきか?」

「………ルルーシュ………」

確かに親友と呼ぶにはいささか確執があり過ぎたし、かといって主君と臣下と言うにも語弊がある。だからと言って知人はないだろうと―――敵とか仇とか紹介してくれた方がまだマシだったのではないかと、スザクは項垂れる。

「そ、そうか」

 ユフィとスザクの様子にジョゼットはどん引きしていたが、ひとまずお互いに名乗りあった。正直、ルルーシュもユフィたちも積もる話は山とあったのだが、その矢先にルルーシュの左手につけられた譜業から聞こえた音に、彼は現実に引き戻される。

『………おい、どうした? 何かトラブルか?』

 別行動して待機しているバダックからの通信だった。先日ニーナたちが作成した小型通信機は、ケセドニアの拠点に設置した親機を介して子機同士で通信する形を取っており、通信可能な範囲は狭いが、両者がケセドニアの中にいれば十分有用である。軍艦や軍本部、国の施設以外では伝書鳩程度しか通信手段がないことを考えれば、画期的とすら言えるだろう。

 その通信によって現在作戦行動中であることを思い出したルルーシュは、咲世子とスザクにのされて転がる男たちを見下ろした。囮捜査の予定がパアである。素早く視線を協力者であるアスターへと向ければ、彼は困惑も露わな表情をしていた。無理もないと内心で呟きつつ、ルルーシュは通信機のボタンを操作して回路を開く。

「………イレギュラーの発生だ。詳しくは戻ってから説明するが、第三者の介入で、男たちをのしてしまってな。潜入できそうにない」

『第三者だと?』

「ああ………まあ、昔の知り合いだ」

『………まあいい、それでどうする? 出直すか?』

 怪訝そうに問い返したバダックだが、ルルーシュの口ぶりでジョゼット同様思い当るところがあったらしい。追及は後にし、差し当たっての方針を確認してくる。

「ああ、………いや、そういうわけにもいかんだろう。どうやらキングは夜半に戻ってくるようだが、どうせまたすぐにケセドニアを出るんだろう?」

『………だろうな』

 彼らが調査したところ、キングは毎年この時期、ダアトに預言を詠んでもらいに行くらしい。そしてその際、教団で権力を持つ者たちに盛んに接触してもいる。ケセドニアがマルクト・キムラスカの両国から自治を許されているのはダアトの後ろ盾あってのことであり、お布施と称した献金を行っていても不思議ではないが―――あるいはその貢物の中に、浚ってきた女性や薬などが含まれていないとも限らない。キングが商談先からダアトに向かわず一度ケセドニアに戻ってきたのも、教団への『貢物』を事前に確認するためという可能性もある。

「この際仕方がない。こいつらからアジトを聞きだして乗り込むさ。幸い、戦力は増えたからな」

 未だ気絶したままのゴロツキたちを見下ろして、ルルーシュはそう言った。再び膝を折ってくれた咲世子はともかく、ユフィの側で所在なさげに突っ立っているスザクも当然のように戦力に換算している。知らなかったとはいえ、こちらの計画をぶち壊してくれたのだから、その分の働きはしてもらおう。―――同じく、というかむしろ真っ先にブチ壊してくれたユフィに対してそうした感情を覚えていないのは、かつての負い目か妹フィルターの為せる技だろうか。

 若干の変更点を話しあった後、ルルーシュはバダックとの通信を切った。

「ええと………その、ルルーシュ?」

その会話から、何やら自分たちが彼らの計画の邪魔をしてしまったことを察したスザクが、若干居心地悪そうに身じろいだ。緻密な計算の下で物事を進めたがるルルーシュは、イレギュラーを嫌う。この面子の中で彼の怒りを向けられるのは、おそらく―――。

「………さて、スザク。お前にやって欲しいことがあるんだが、構わないよな?」

(やっぱり僕、ていうかなんで名指し!? なんかルルーシュ性格変わってない!?)

 もはや問いかけですらない言葉に、スザクは内心でパニックになる。

「もちろん嫌だなんて言いませんよね、スザク?」

 その彼の背後に仁王立ちしたユフィが、彼の後頭部をガッシと掴んで脅しかける。―――その手が、草でも毟るように彼のくるくるヘアーを掴んでいるのだが、断ったら円形脱毛症を広げてやると、そういうことだろうか。

 敬愛していた(はずの)主君に命じられ、貴重な髪を人質に取られ―――スザクが口にできる言葉は、一つしか残っていなかった。




Darkest before the dawn

運命の輪・4


 

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今回かなり短いです。というか微妙にスランプ臭い………。次回、流れ的には人身売買組織に乗り込んで〜という感じですが、スコーンとすっ飛ばして結果だけ書いてるかもしれません。突入シーンが上手く繋がらないんですよね………。
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