「………ここか」

 ケセドニアの一角にある倉庫街、その外れにある建物を見上げて、ルルーシュは呟いた。それを受け、ルルーシュの背後から倉庫を見上げたユフィが咲世子とスザクを振り返って確認する。

「ここの地下に浚われてきた女性たちがいるのですか?」

「ええ、あの男たちの証言によれば。キングも今晩はここにいるそうです」

 あの男たち―――キングの配下として女集めに勤しんでいた男たちの尋問に当たった咲世子が、はっきりと頷いた。

 キングはケセドニアの商人だが、実際にケセドニアに留まっていることはあまりない。表の商売の商談などはほとんど部下に任せきりで、ダアトやマルクト・キムラスカの有力者に接触しているか、ケテルブルクのカジノに出入りしているか―――キングがケセドニアに戻るのは、もっぱら裏の商売の確認のためらしい。猥雑でゴミゴミしたケセドニアの街は、今や大商人となった自分には相応しくない、ということのようだ。自身の所有するホテルをケテルブルクホテルのようなカジノを併設した高級ホテルに改装しようと計画しているそうだが、少なくとも彼好みの娯楽や建物が完成するまでは、ケセドニアに腰を据えるつもりはないのだろう。

 そんなわけで、キングがケセドニアにいるときは、自身の所有するホテルで女遊びをしているか、裏商売の拠点であるこのアジトにいるか、ということらしい。今回はこの数日後にダアトに『貢物』を送り届ける都合もあり、ホテルには戻らないのだとか。

 そう一通り咲世子から説明されたルルーシュは、若干の疑問を抱き、口を開く。

「そいつらが口から出まかせを言っている可能性は? キングが女性たちを集めたアジトにいるのなら、わざわざそいつらが焦ってキングの相手役を見繕う必要はなさそうだが」

 腑に落ちないと指摘するルルーシュに、咲世子は珍しく不快そうな表情を浮かべた。もちろん、主たるルルーシュに対するものではない。

「………キングは『貢物』として送り届ける女性たちは、薬漬けにしてから身柄を引き渡すのだそうです。逃亡を防止する目的と、彼らの娯楽のため―――後は、女性たちが長くもたない方が『商品』の回転率がよいから、と」

「「「「………」」」」

 外道の考えそうなカラクリに、誰もが不快げに顔を顰めた。中でも、浚われた従姉―――ノワールがその毒牙に掛かった可能性が高いことで、ユーフェミアは目に見えて顔色が悪い。

「………下種が」

 ジョゼットが吐き捨てるように呟いた。誰もが同感だったようで、きつく唇を噛む。

「………キング自身の嗜好としては、物慣れない素人女性の方を好むらしく、自分の相手は別に確保しておくそうです。ただ、先日ダアトの高官に今のお気に入りを横取りされたとかで、早急に代わりが必要だった、と………」

 内心はどうあれ、淡々と咲世子は先を続けた。聞けば聞くほど胸の悪くなる話に、ルルーシュはため息をつく。

「………わかった。ご苦労だったな、咲世子」

 無言で頭を下げた咲世子を労って、ルルーシュはアジトの方角を見遣った。バダックからは、既に周囲を包囲したと報告が来ている。彼自身はこちらに向かっているらしい。

「そんな下種どもならばこちらの良心も痛まんな。―――俺が譜術で入り口を派手に破壊する。お前たちは奴らが出てきたところを狙って叩け」

「了解した」

「イエス、ユア・マジェ―――あ、う、うん、わかったよ」

 短く頷いたジョゼットに次いで、スザクも了承の答えを返した。―――だが、かつての世界でそうしていたような定型句を口に仕掛け、スザクは慌てて言い直す。今の彼は騎士ではないし、ルルーシュも皇帝ではない。というか生まれ変わったとはいえ、最初に膝を折った主の前でのこの口上は、どうにもやらかしてしまった感が強い。もちろん、主以外の皇帝・皇族に対してもこの定型句は使わねばならないものなのだが―――どうやら死後にCの世界から全てのいざこざを見ていたらしいユフィの半眼が痛すぎる。

しかし当のルルーシュはスザクを一瞥しただけでスルーして、さっさと詠唱を始めていた。

「大地の咆哮。其は怒れる地龍の爪牙。―――グランドダッシャー!!」

 ドォン、という地響きと共に、アジトの建物の扉付近で広範囲に渡って地割れが発生した。轟音と共に盛り上がった地龍の顎が、扉をへし折り、石造りの玄関ホールを粉々に打ち砕く。

「………おい! 何だ、今のは!」

「襲撃か!? 急げ! 寝てる奴らも叩き起こせ!!」

 夜半を過ぎ、すっかり静まり返った時刻―――響き渡った轟音に、見張り番と思しき男たちがわらわらと集まってきた。それを待っていたジョゼット、スザク、咲世子の三人が、めいめいの獲物を構えて躍り出る。

 たちまち乱戦状態になったその光景を横目に、ルルーシュは次の譜術を唱え始めた。譜術士として鍛錬を積み、音素の流れを視認できるまでになったルルーシュの目には、先ほどの術で生じた地属性のFOFが見えている。

 今唱えているのは本来ならば雷を落とし、敵を打ちすえる術―――だが。

「この重力の中で悶え苦しむがいい。―――グラビティ!」

 ルルーシュの唱えた術が、周囲に満ちる第二音素と干渉し、その性質を違えて発動する。

「ぐおっ!?」

「何だ、急に身体が………!」

 術による直接的なダメージだけでなく、生じた力場によって、男たちは重りでもつけられたように動きが鈍くなった。ゴロツキ崩れとはいえそれなりに腕も立つのだろうが、武器を持ち上げるのも一苦労という有り様の彼らでは、スザクたちの敵ではなかった。次々と一撃で伸されていく。

「………あいつの独壇場だな」

 その有り様を少し離れて見守っていたルルーシュが、ぽつりと呟いた。彼の視線の先では、まるで小型の竜巻のようなスザクが、次々と大柄な男たちを薙ぎ倒していくのが見える。

かつての世界と違い、オールドラントでは銃火器は一般に流通してはいない。少数ながら銃の使い手は存在するが、扱いが難しい上銃自体が非常に高価である。まずこんな犯罪組織の下っ端の中にはいないだろう。他にこの世界での飛び道具と言えば弓やナイフなどだが、どちらも銃と比べると予備動作が大きい。

遠距離攻撃の手段ならば譜術なども上げられるが、効果的に敵にダメージを与えられる中級以上の譜術は詠唱に時間が掛かる。その間に距離を詰められれば、さほど脅威ではない。従って飛び道具を警戒する必要のないスザクは、小柄な体格を十分に生かして戦場を存分に飛び回っていた。

同様に咲世子も、かつての世界で培った忍びとしてのスキルを生かし、混戦の中背後から切り込んでは、一撃で敵を昏倒させている。この二人に比べればジョゼットの動きはどうしても劣って見えるが、さすがにこれは相手が悪すぎるだろう。人外の身体能力と、年齢以上の戦闘経験を兼ね備えているのだから。

いつでも援護できるよう警戒しながら眺めていたルルーシュだが、さほど時間の掛からないうちに戦闘の気配も収まった。通信を繋ごうとした矢先、腕に付けた通信機からジョゼットの声がする。

『ルルーシュ、1階は確保した。2階と地下があるが、どちらから行く?』

 建物の見取り図などを入手できなかったため、アジトの構造が掴めていなかったが―――オールドラントには空を飛ぶ譜業の類がない。空から逃げる手段がない以上、2階にキングがいたとして、一度1階まで下りなければ逃げられないはずだった。それよりも、地下に抜け道などがあった方が拙いだろう。それに外部から見たところ、2階に明かりのついた窓はなかった。

「先に地下を抑えてくれ。そちらにいる可能性の方が高い。俺もバダックと合流してから行く」

 術士としては年齢にそぐわない力量を持つルルーシュだが、肉弾戦はからっきしである。下手に前衛に出ていって狙われた場合、自力では凌ぎきれない可能性が高い。かつての世界のようにKMFに搭乗していれば、よほど下手を打たない限り機体を潰されても脱出装置が働くだろうが、生身ではそうもいかなかった。前線で指揮を執ることを信条としていたルルーシュも、さすがに思いとどまらざるを得ない。

 隠れ家に潜伏していた頃に、そしてギルドを結成してからも、魔物や盗賊を相手にルルーシュと共に戦った経験のあるジョゼットは、当然ながらそうした状況を理解している。

『わかった。先に行っている』

 ジョゼットはルルーシュの言葉に短く頷いて、通信を切った。

 

 

 

 階段を下った先には真っ直ぐに廊下が伸びており、その左右に複数の小部屋があった。その小部屋の一つに複数の人の気配を感じた彼らは、扉を蹴破って乱入する。

「なっ!?」

 小部屋の中では、脱出用の隠し通路でもあったのか、ガタイのいい男たちが壁際に置かれた背の高い棚をどかそうとしていた。呆気に取られて中腰のまま凍りついた彼らを、一瞬で距離を詰めたスザクと咲世子が薙ぎ倒す。

「………っき、貴様ら、一体誰の差し金だ!?」

 男たちが壁に、床に叩きつけられて昏倒した後、ゴロツキたちに守られるようにしていた壮年の男が裏返った声で叫ぶ。

「この俺を敵に回して、ケセドニアで生きていけると………がはっ!」

 唾を飛ばして喚き散らす男の股間を、ジョゼットが蹴りつけた。

「うるさい。下種が」

急所に食らった一撃に脂汗を垂らして膝を折った男を、咲世子が背後から組み伏せる。

「………こいつがキング?」

 埃まみれの床に上半身を抑えつけられ、急所をめり込む勢いで蹴りつけられた下半身は不自然に内股でもぞもぞさせている男―――その男の風貌を見て、スザクが首を傾げる。部屋のそこここに転がるゴロツキは皆傭兵まがいの風貌をしていたが、この男の身につけているのは明らかに値の張る物ばかりだ。もっとも、お世辞にも趣味がいいとは言えないが。

「ええ、おそらくそうでしょう」

「何か、下品な成金みたいじゃない? マフィアそのものっていうか………ケセドニア一の商人って聞いてるけど」

 ガタイもそうだが、浅黒い顔のその目鼻立ち、いやらしい目つき―――男は欠片ほども品性の感じられない容貌をしていた。ケセドニアを牛耳る商人と聞いて、あるいはスザクは無意識に亡き桐原翁のような人物を想像していたのかもしれない。

「後ろ暗いことをして成り上がったようですし、麻薬や人身売買にも手を染めているのですから、成金のマフィアと言って差し支えないと思いますが」

 じたじたと暴れる男を抑え込みながら咲世子が答えれば、近くの寝台のシーツを剥いで簡易ロープを作っていたジョゼットが、汚らわしい物を見る目でキングを一瞥する。

「品性の下劣さが如実に表れているな」

 男を見下ろすジョゼットの青色の瞳は冬の空のように凍てついていた。その眼差しに、どことなくルルーシュに通じる物を見出して、スザクは複雑な表情になる。

 ルルーシュは表向き、斜に構えた皮肉げなポーズを取るが、その内面は非常に苛烈な性質をしている。このジョゼットという少女はそれをかなりストレートに表に出すが、その容赦のない物言いや言動が、どことなく敵とみなした相手に対するルルーシュのそれを思い起こさせた。

 当の本人はスザクの複雑な内心など知るはずもなく、さっさと通信を繋いでキングの身柄を抑えた事を報告している。

「………ああ、いや………そうか。………ああ、わかった」

 ひとしきり会話を交わしたジョゼットは、ため息をついて通信を切った。スザクと咲世子を振りむいた彼女は、言いにくそうな様子で口を開く。

「………ルルーシュたちが、浚われた女性たちを発見したそうだ。ただ、ほとんど薬漬けで………尋常な様子ではないと」

「「………」」

 朗報、とはとても言い難い報告に、二人は苦い顔で沈黙する。しかし芳しくない知らせはそれだけではなかった。

「その女性たちも10人に満たないほどで、ほとんどが売り渡された後のようだ。………唯一の救いは、この男が強請りのネタとして、記録を残していることだろうな。それを元に、売られた先を追っていくしかあるまい」

「………その女性たちの中に、桃色の髪の女性はいるのでしょうか?」

 桃色の髪の女性―――ノワールのことである。彼女がキングの手の者に浚われたと決まったわけではないが、状況から察するに、決してその可能性は低くない。

「いや。そこまでは聞いていない。………とりあえず、こいつを連れて合流しよう」

 スザクたちが突入した後、ルルーシュはバダック他数名の到着を待って、アジトの地下へ足を踏み入れた。その際、ユーフェミアは待機部隊と共にアジトの外に残している。再会してから互いの近況を話し合う時間がなかったため、ルルーシュはホドの話やノワールの事を知らないし、スザクたちもルルーシュ側の事情を理解していない。その状況で、保護した女性たちの中にスザクたちの探し人がいるかどうかなど、ルルーシュが確認できるはずがなかった。合流して、直接確かめた方が早い。

「………そうですね。行きましょう。―――スザクさん、運ぶのを手伝って頂けますか?」

「あ、はい。わかりました」

 咲世子の提案に、スザクもまた頷いた。

 

 

 

      ※※※

 

 

 

 ND2005年、ケセドニアで薬物売買及び人身売買組織の拠点の一つが摘発される。

 当時のケセドニアでは若い女性の誘拐が相次いでいたが、ケセドニアを運営する商人ギルドはこれに対し何ら手を打つことはなく、結果ケセドニアの大通りを一歩外れた裏路地では、目を覆うような犯罪が横行するようになっていた。

 しかし摘発された拠点には、薬漬けにされた複数の女性と、ケセドニアで問題となっていた常習性の高い麻薬―――そして、商人ギルドのトップであるキング自身の姿が確認され、また売買に携わった者たちのリストも明らかになった。

 如何にケセドニアの権益を握っていたキングとはいえ、ここまで明らかな現場を押さえられては手の打ちようがない。賄賂や利害でキングを擁護するのと同じくらい、あるいはそれ以上に、キングは憎まれ、また妬まれていた。あわよくばその後釜に座ろうと、進んで彼を蹴落とすことに協力した商人たちも数多くいた。

 

 ケセドニアでは商人ギルドのうち力を持つ5人の商人が行政を担っていたが、この騒動の後、そのうちの実に半数以上が芋づる式に失脚する。

 代わって末席に名を連ねたのが、キング放逐にも一役買った人物―――後にケセドニア一の商人となるアスターであった。彼は自身の商売を広げる傍ら、前任者たちの膿を出し、ケセドニアの治安の回復にも尽力する。

 

 一方、アスターと手を携えて摘発に動いた新興の弱小ギルド・漆黒の翼(エル・デュ・ノアール)は、たちまちその名をケセドニア中に知らしめることとなった。少数精鋭ながら誰もが抜きんでた実力を誇っており、わずか数年でケセドニア屈指のギルドとなる。

 このギルドを立ち上げたのは『砂漠の獅子王』と異名を取った名高い傭兵バダック・オークランドだったが、彼はこの2年後に病死する。2代目の首領はバダックの参謀役であったこと、そしてアラン・スペイサーという名前であること以外、一切の情報が秘されていた。

 これと前後して漆黒の翼(エル・デュ・ノアール)には多くの腕の立つ者が参入しており、一部では参謀による乗っ取りではないかという噂もあった。しかし彼らは依然として数あるギルドの中でも抜きんでて結束の強いギルドであり続け、その実力、依頼の遂行率共に並ぶものがないと言われるまでになった。

 正確な構成員は定かではないが、一部の幹部クラスはマルクト・キムラスカ両軍にまで名を知られるほどの使い手であり、有名どころでは『黒獅子』ラルゴや『旋風の』スザク、『剛腕の』ユフィ等の名が挙げられている。

 いくら腕が立つとはいえ漆黒の翼(エル・デュ・ノアール)は民間の一ギルドに過ぎず―――彼らがオールドラントの歴史に名を残すことになるなど、今はまだ誰一人として予想だにしていなかった。




Darkest before the dawn

運命の輪・5




※※※



ホド編は一応これで終わりです。後半はむしろケセドニア編という感じになりましたが。後半の締め部分が強引過ぎたような気がひしひしとしてます。多分バダックさんとかアスターさんとかが色々根回ししてくれてたんだよ!ということで。
ちなみに↑で出てくるキングはウサギ狩りのキング氏です。記憶はなし。ギアスキャラを出す必要はなかったんですが、アビスで手頃な小物がいなかった&オリキャラはあんまり出したくない、ということでこうなりました。2期50話・戦争絡みでキャラ多し、というギアスと比べるのもアレですが、アビスって実は流用できる脇キャラがあんまりいないんですよね………。

でもって次回は展開的にダアト編………なのですが、その前に閑話的に1、2話挟むかもしれません。ちなみにノワールさんとはまだ生き別れ中。
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