商業都市ケセドニア。

 マルクトとキムラスカ領の狭間に位置するこの都市は、ローレライ教団という後ろ盾によって、両国から自治を認められた交易の中心地である。

ケセドニアはザオ砂漠の北端に位置しており、ルグニカ大陸にあるマルクトの主要都市とはイスパニア半島を経由して陸路で行き来が可能だが、キムラスカの主要都市に向かうには、陸路ではザオ砂漠を渡るしかない。かといって海路を使おうにも、オールドラントに広がる内海の中心にはホドがあり、ホドの私兵とマルクト海軍に牛耳られ、ケセドニア商人の航行はキムラスカほどではないにしろ、一定の制限が課されていた。

しかしホド戦争によってホドが文字通り消滅し、内海におけるマルクトの勢力は大きく弱体化する。長らくマルクトに押さえつけられていた商人たちはこぞって海運業へと進出し、莫大な富を手にすることとなった。

そうして急速に栄える一方で、ケセドニアはその立地ゆえに、ホド戦争によって故郷や職を失った難民、傭兵たちの流入によって治安が著しく悪化し、多数の貧民街が形成されることとなった。衣食に貧する彼らは犯罪紛いの行為に手を染めざるを得ず、また売春や人身売買を斡旋する組織などの存在も囁かれるようになる。

昼と夜、表と裏―――活気に満ちた日の下の街並みと、酒と白粉の臭いが漂う薄暗い裏通りと。

華やかで陰惨な砂漠の交易都市・ケセドニア。

人と物、情報―――そして、欲望の集まる街。

彼ら(・・)もまた、そこに集まる数多の一つに過ぎなかった―――今はまだ。

 

 

 

※※※

 

 

 

 ケセドニアには、商人や市民の住まう市街地を囲うように、難民たちが暮らす掘っ立て小屋ばかりの貧民街がある。

自治区を運営するのは商人ギルドとその長であるが、ホド戦争が終結して3年ほどしか経っていない現在、商人たちは互いに旧ホドの握っていた権益を取り合うことに忙しく、街の治安や運営は二の次にされていた。またマルクトとキムラスカもホド戦争による財政難に喘いでおり、ケセドニアに避難した難民たちの自国への帰還事業など、とてもではないが手をつけられそうにない。

 結果、行き場はおろかなんの支援もないままケセドニアで暮らす難民たちは、スリやかっぱらい紛いの真似をするか、傭兵紛いの仕事をするか、あるいは女性ならば身体を売って金銭を得るか―――そんな暮らしを強いられていた。状況は改善するどころか悪化するばかりである。

 そんな治安の悪い貧民街を、二人の人影が小走りに走っていた。日差しの強い地域であるためか、二人ともフードつきの外套ですっぽり顔を覆っている。人相など知りようもなかったが、その小柄な体格からして、まだ10歳をいくらか過ぎたばかりだろうと思われた。

 両手に荷物を抱えた彼ら二人は入り組んだ道を迷いなく走り抜け、やがて木の骨組みに布を渡した粗末な小屋へと辿り着く。

「ただいま!」

「ただいま戻りました」

 入り口の布を掻き分けながら、彼らは口々に帰還の挨拶をする。

「あら、お帰りなさい」

 奥―――と言っても布切れ一枚を隔てただけだが―――で食事の仕度をしていた咲世子が、ひょこりと顔を覗かせた。彼女は朝方に送り出した二人の無事とその収穫に、温和な顔を綻ばせる。

「大物みたいですね」

「ああ、うん。なんか獣っぽいのがいたから獲ってきたよ。毒は………どうだろ。よくわかんないな」

 外套を脱いだスザクが、足元に転がした獲物を見下ろしながらそう説明した。彼の足元に転がる『獣』は、全長は小柄なスザクの身長ほどもあるだろう。それを両手に軽々抱えて走ってきたのだから、その姿を目にした者がいれば、目を剥いたに違いない。

「サヨコさん、ユフィも頑張ったよ! サボちゃん一杯採ってきた!!」

 見て見て、と主張するユフィにも、咲世子はにこやかに振り向いた。―――かつて『日本人』だった身、副総督として赴任したブリタニアの皇女には少しばかり思うところはあったが、それは何の記憶も持たない、たった9歳の子供に向ける感情ではない。だから咲世子は姉のように母のように、幼い少女に接するだけだ。

「ええ、たくさん採れましたね。ありがとうございます。これでしばらく飲み水に苦労せずにすみそうです」

 袋の中に詰められたユフィ曰くの『サボちゃん』を見、咲世子は微笑んだ。めったに雨の降らないケセドニアでは飲料水を確保するのも一苦労で、街の人間たちのように水を買うのも難しい彼らにとって、手っ取り早いのは砂漠に入ってサボテンの類を採取することだった。ユフィの持ってきた袋の中にぎっしり詰まったソレを絞れば、水瓶一杯分にはなるだろう。

 だから咲世子の反応は彼らにとっては至極真っ当なものだったが―――この光景を一般的な感性の持ち主が眼にしたとしたら、驚きに目を剥いたことだろう。

 なぜなら、スザクが獲ってきた『獣』は明らかに家畜ではなく野生の魔物であり、またユフィの言う『サボちゃん』も、砂漠に自生するサボテンではなく、サボテン型の魔物なのである。子供だけで倒せる相手ではないし、そもそも食用ですらない。

 しかし背に腹は変えられないし、そもそも家畜用の動物と魔物の違いなど、食用に改良されたかどうかの違いだろうというのが咲世子の認識である。要は腹が満たされればいいのである。

 もっとも、中には爪や内臓に毒を持っている種類もある。今回スザクが獲ってきたのは初めて見るタイプで、どこに毒性を持っているかわかったものではない。

「それではこれから捌きますね。今から血抜きをすれば、明日の夜には食卓に出せるでしょう。そのときにはスザクさん、よろしくお願いしますね」

 にこにこにっこり悪意なんて微塵もありません、と言わんばかりの様子だったが、咲世子が何をお願いしているかを経験から悟ったスザクがげんなりと肩を落とす。

「………また僕ですか? 毒見するの。まあ、仕方ないですけど。………今度は毒ないといいなぁ………この間は痺れ毒で、その前がえーと………あれ? お腹壊したんだっけ。それとも幻覚だっけな………」

 ブツブツとこれまでの被害を上げ連ねるスザクに、咲世子はしれっと言い返す。

「覚えてないということはたいしたことがなかったんですよ。さすがスザクさんですね。私にはとても真似できません」

「………お腹壊した時は3日3晩続いて大変だったんですけど!? ユフィもリカバーしてくれないし!」

「仕方ないじゃない! 失敗しちゃったんだもの!」

 恨みがましげに食い下がるスザクに、ユフィが胸を張って(・・・・・)主張する。

 調理役が咲世子、毒見役がスザク―――万が一の時の治療役がノワールから第七譜術を習っていたユフィなのだが(だからスザクが食べ終わるのを待って食べる)、まだ幼い彼女には状態異常の治癒術は高度すぎるらしく、時々失敗するのである。―――というのは建前で、わざと失敗されている気がしなくもない。その証拠に、冗談抜きに危険な時は必ず成功するのに、生命の危機に至らないレベルだと半々の確立で『失敗』するのだ。咲世子もあらあら大丈夫ですかと言いながら、再度治癒術を掛けてくれるようユフィに頼んではくれなかったりする。

「………はぁ、」

 虐げられることがすっかり板についてしまったスザクが、心なし肩を落として引き下がった。布の衝立で仕切られた自分のスペースに、すごすごと戻っていく。

 そのしょぼくれた背中を見送って、二人はぺろりと舌を出し合った。




Darkest before the dawn

運命の輪・1


 

※※※



ホド組合流編の後半戦です。舞台はケセドニアへ。ホドから避難するとしたらここが一番無難だと思うんですよね。多分ホド戦争中は南ルグニカ大陸の辺が戦場だったんじゃないかと思うので、前線から離れてるとは言っても、ルグニカ大陸をうろつきたくはないかなーと。マルクトの軍隊がうろうろしてたりしそうですし。


で、一応ホド戦争から3年経ってます。なんでスザクと咲世子さんとユフィしかいないかは次回にて。あとルルーシュの影が見えるのも次回になりそうです。うっかり虐げられるスザクを嬉々として書いてたらそこまで辿り着けませんでした(爆)。
それにしても記憶なしユフィの口調が難しいなー。身近に9歳くらいの女の子なんていないんですよね。かといってアニメのユフィの口調を脈絡なくさせるのもアレですし。なんだかんだいってスザクと一緒にいることが多そうなので、咲世子さん風よりもスザクの砕けた口調の方が移ってそう。
あ、咲世子さんの名前ですが、思いっきり漢字表記ですけとオールドラントには漢字なんて存在しませんから、ギアスキャラの話し言葉→咲世子さん、それ以外のキャラの話し言葉→サヨコさん、でもって地の文では咲世子さんで統一するつもりです。間違いなく変換ミスしそうですが(爆)。

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