それは突然の轟音と共に始まった。

 領主の子息の5歳の生誕祝いに華やぐホド島―――その西南に位置する港目掛けて、次々と放たれる赤光の花。

 一瞬、花火でも打ち上げられたのかと目をやった住民たちの歓声は、その正体を悟って恐怖の悲鳴に変わっていく。

「砲撃!?」

「まさかキムラスカの………!? きゅ、休戦条約はどうなったんだ!!」

 露店が並ぶ島の大通りで祝い事を楽しんでいた人々は、突然の襲撃に恐れ戦き、逃げ惑う。しかしこの大通りは、3つある港のうち最も大きいホドの玄関とも言える東の港から、高台にある領主の館へ真っ直ぐに伸びており、東側の1ヶ所しか出口がない。その出入口に一斉に人々が詰めかけ、たちまち大混乱に陥ってしまう。

 そんな中、人の流れに押し流されながら、懸命に人ごみを掻き分け歩く少年の姿があった。突き飛ばされ、押し潰されながらも、抜きん出た身体能力とバランス感覚、そして隙間をすり抜けやすい小柄な体格で、彼は辛うじて裏路地へと続く狭い脇道へと辿り着く。

「っつ………ぅわっ!?」

 しかし目的地の目前まで辿り着いたことが油断を招いたのか、最後の最後で彼は突き飛ばされてバランスを崩した。こんな騒ぎの中倒れ込んでしまえば、そのまま踏み潰されて圧死してしまうだろう。彼は慌てて身を捩り、脇道へ飛び込もうとする。

「スザクさん!」

 けれどその直前、彼―――スザクは腕を引かれて人ごみから救い出された。

はっとして顔を上げれば、そこにいたのは見慣れた女性―――いや、少女である。年の頃は12歳ほどだろうか。もっともそれはスザクの目にそう見えるだけで、彼や彼女は世間一般の基準で言うと、年よりも幼く見えるようだが。

「咲世子さん! よかった、無事だったんですね」

 かつての世界で『篠崎咲世子』と名乗っていた同郷の女性―――生まれ変わったらしい今生でも、彼女とスザクは同じ土地に生を受けた。孤児だったスザクとは違って彼女にはこの世界の名前があるのだが、お互いどうにも慣れなくて、人目のないところではかつての名前を使っている。

 その咲世子は、今日は親類の手伝いで露店の売り子をすると言っていた。そのせいで大通りの騒ぎに巻き込まれたのだろう。スザク自身、細々とした雑用を手伝って駄賃や屋台のお零れを貰いにきた身なのだが。

 差し当たって互いの無事を確認しあった後、スザクと咲世子は今後についての算段をする。

「………入り口は通れそうにありませんね」

 脇道から人ごみを見やった咲世子は、素早く脱出のための道筋を思案する。

 ホドにある3つの港のうち最も大きいのが東の港で、ここ20年の間に作られた比較的新しい港である。以前の港は北側にあり、今は漁師たちが漁船を管理するのに使われていた。残る西南の港は、ガルディオス伯爵家の敷地内にある伯爵家所有の船や軍艦の専用施設で、現在キムラスカから襲撃を受けているのはこの西南の港である。

「東の港は、多分人が多すぎて近づけないでしょう。私たちは北側の港へ。あそこなら漁師の漁船があります」

 ホドから逃れるにはいずれかの港から船を使わねばならず―――そう考えれば、北側の港を使うのが一番無難であるように思われた。その北側の港に向かうにも、本来は東側から大通りを抜けないといけないのだが、咲世子やスザクであれば、路地裏を抜け、塀や壁を乗り越えて市街地を抜けることもできるだろう。

 だから咲世子の提案に頷いたスザクだが、ふと港の方角を睨んで動きを止める。

「………マルクト軍は、まだ?」

 襲撃してきたキムラスカ軍の規模など、一市民の彼らには知るべくもないが、伯爵家の手勢だけで凌ぎきれるものではないだろう。まして祝い事で油断しきった―――酒だって入っているかもしれない―――彼らが、一体どれだけ持ち堪えられるだろうか。

「………マルタ島にマルクト海軍が駐屯しているはずです。そこから救援が来れば………」

 ホド諸島の北東に位置するマルタ島には、マルクト海軍の駐屯基地がある。先だってキムラスカ船籍の船の領海侵犯で揉めて以来、駐屯地の軍備が増強されたはずだ。襲撃を受けた後に当然狼煙は上げただろうし、数刻も持ち堪えられれば、援軍が来るだろう。―――だからこそ、ガルディオス家の警備が祝い事で気が緩んでいたとはいえ、こんなにも易々と奇襲を許したことが解せないのだが。

 一つため息をついて、咲世子が小さく首を振った。

「………急ぎましょう。早くしないと逃げ遅れてしまいます」

今の彼らには、かつてのような『力』はない。武器もKMFも―――彼らを率いる、彼の人の声も。二人とも、多少腕が立つだけの子供でしかない。自分たちの命だけで精一杯で、とても他の住民を助けて回る余裕も力もなかった。そもそも、こんな子供があれこれ言い出したところで、誰も聞きやしないだろう。

「………そうですね」

 だから咲世子の言葉にスザクも頷いて、二人は路地の合間を駆け出した。

 

 

 

 

 彼らがそれに気付いたのは、船を下りて馬車に乗り換え、間もなく大通りに差し掛かるというところだった。

 キムラスカ・ランバルディア王国による侵攻―――ガルディオスの屋敷の方角からは爆音が轟き、悲鳴と怒号が響いてくる。

「のあ姉さま………」

「………大丈夫よ、ユフィ」

 ノワールは怯えた様子の従妹を安心させるよう抱きしめたが、その彼女自身、顔色が悪い。

(キムラスカの襲撃………戦が、始まるの?)

彼女が生まれた時には既に両国は休戦状態にあり、以後小競り合いこそあったものの、大規模な戦争は起こっていなかった。軍人でもない、それどころか良家の令嬢である彼女には荒事に免疫などなかったし、いざ戦争に巻き込まれるとなるとどうしていいのかもわからないのだ。彼女の両親もユフィの父に当たる叔父―――叔母は第二子が生まれて間もないため、屋敷に残っている―――も、すでにガルディオスの屋敷にいる。家長の言いつけに従おうにも、それを仰ぐ術がない。

(どうしよう………フェレスに戻ったほうがいいの? でも………)

 ホド島にはガルディオス家の私兵がいるが、フェレス島には武力と呼べるものがない。万が一攻められれば一溜まりもないだろう。

「お嬢様!」

 逡巡するノワールの元へ、御者台にいた従者が走り寄ってきた。窓から顔を出せば、青白い顔の従者が早口で捲くし立てる。

「お嬢様、港まで戻りましょう」

「………でも、お父様たちが………」

 ガルディオスのお屋敷にいるのに―――思わずそう零したノワールに、従者は首を振る。

「この騒ぎの中、ガルディオスの屋敷まで向かうのは………」

 既に街の中心―――ガルディオスの屋敷の方角からは、キムラスカの襲撃に恐慌状態に陥った住民たちが、雪崩のごとく押し寄せてくるのが見える。とてもではないが、あの人ごみを遡って馬車を走らせることなどできないだろうし、もちろん徒歩など論外だ。たちまち押しつぶされるのが目に見えている。

「………」

 煙の上がる屋敷の方角を眺め、ノワールは唇を噛んだ。

ガルディオスの屋敷には両親が、叔父が―――彼女の近しい親族たちがいるはずだった。彼らの安否もわからないのにと、咽喉元まで出掛かった言葉をノワールは辛うじて押しとどめる。

 ―――ユリアの血、ダレットの務め。

 物心ついて以来、骨の髄まで叩き込まれたその『使命』が、ノワールの心に圧し掛かる。

(ユリアの血を絶やしてはならない。ダレットの―――ユリアの譜歌を、決して絶やしてはならない………)

それが、ダレット家に連なる者が何よりも優先しなければならないことだった。ユリアの起こした奇跡を、今に繋げるに欠いてはならないことなのだと。

決して、親兄弟の情と天秤に掛けてよいものではない。

「………お嬢様。ガルディオスの兵の堅強なことはお嬢様もご存じでしょう。ナイマッハ殿も、フェンデのご当主もおられる。ガルディオスの左右の騎士をして、何を案ずることがございましょう」

 ガルディオスの左の騎士ナイマッハ、右の騎士フェンデ。当代ガルディオス伯爵の左右を固める歴戦の騎士を持ち出され、ノワールはようようぎこちなく頷いた。

「そう、ね………マルクト軍も、数刻と経たずに駆けつけるでしょうし………」

 それまで持ち堪えることができれば―――いや、きっと、できるはずだと。

 半ば自分に言い聞かせるようにして、ノワールは頷いた。




Darkest before the dawn

亡失の島・2


 

※※※



残りのホド組二人のターンです。ホドがそこはかとなく日本風の要素があるらしい(でも金髪碧眼だし名前も似たところはないけど)ので、ピンク髪のユフィ以外は日本人のスザクと咲世子さんにしてみました。スザクはルルーシュと同い年(8歳)、咲世子さんは12歳です。でも二人とも東洋人なので童顔だと思う………。
ちなみにスザクは孤児なので名前は自分で適当に名乗ってるだけ、咲世子さんは一応オールドラント風の名前はあるけど、スザク(&転生組)相手ではギアス世界の名前で通します。てかオールドラント風の咲世子さんの名前考えてないし(おい)。ちなみにオールドラントには当然漢字は存在しないので、会話文でアビスキャラが彼女の名前を呼ぶときはサヨコになると思います。地の文はめんどいので普通に書きますが。


※2011/12/17 一部改稿
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