マルクト領ホド。

 マルクト帝国貴族ガルディオス伯爵家を領主に戴くこの土地は、大小の島々からなる群島であり、ガルディオス家は帝都の屋敷とは別に、本島であるホド島にも邸宅を構えていた。

 ガルディオス家はシグムント流と呼ばれる剣術の流派を代々受け継ぐ武人の家系であり、また近海の島々にも多種多様の流派が受け継がれている。当代ガルディオス伯爵自身、高名な騎士を従える歴戦の武人である。

 一方で、ホドはその恵まれた立地条件ゆえに、多くの富が集まる場所でもあった。ホド諸島はオールドラントのほぼ中央に位置し、各国・各大陸を結ぶ船が行き来する場所なのである。

マルクトとキムラスカは現在休戦状態にあるとはいえ、数百年来争ってきた間柄であり、平時であっても両国の行き来には一定の制限が掛かる。両国は商人たちの自治都市ケセドニアを挟んで国境を接しているが(厳密には街の中を国境線が走っている)ケセドニアはザオ砂漠の北端にある街であり、特にキムラスカ方面との行き来には陸路を使うことが難しい。中小規模の商人たちの集合体であるケセドニアには大量の積荷を運べる船がなく、海上貿易は事実上マルクト―――ホドの独占状態にあった。

それゆえにホドは非常に豊かな領地であり、同時に多くの妬みと反感を買う地でもあった。近年ではキムラスカ側と領海の航行に関して揉め事が起きているし、またマルクト国内にあってすら、ホドの隆盛を懸念する声がある。何しろ、ガルディオス家の血はマルクトの皇統よりも古いのだ。一説によれば、創世暦まで遡る歴史を持つという。キムラスカから数百年前に独立したマルクト皇家など足元にも及ばない。―――帝国の絶対的支配者たろうとする皇室にとって、由緒正しい血筋と莫大な富を併せ持つガルディオス家は、非常に煙たい存在なのである。

 しかし当代ガルディオス伯爵は生粋の武人であり、高潔な人柄ではあるものの政治的思惑に酷く疎いところがあった。特に近年、老齢の域に差し掛かったマルクト皇帝は元々疑り深かった性質がますます助長されており、しばしばガルディオス家を当て擦り、無理難題を吹っかけるような節もあった。それにも関わらず、伯爵は『自らの誇りに恥じない生き方をしていれば、いずれわかってもらえる時がくる』と言うだけで、ただ何をするわけでもない。ただでさえ妬み嫉みを受けやすい立場、そして領民を守らねばならない『領主』としての責任を考えれば、いささか楽観的に過ぎるだろう。

 そうした伯爵の認識の甘さゆえ、ホド島はじわじわとその平穏を侵害されつつあり――――。

 

 

 ND2002年。

 マルクト・キムラスカ間で勃発したホド戦争―――その始まりの日、マルクト領ホドは島影一つ残さず、オールドラントから消滅する。

 そこに敵国キムラスカのみならず、マルクト、そしてダアトの思惑すらもあったことを、今を生きる人々は知るよしもなかった。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

 大小の島々からなるホド諸島では、住民同士の行き来のため定期船が運航しており、主だった島では日に2、3回船着場に船が入ってくる。中でもホド島と、ホド諸島第二の島であるフェレス島間は定期便の本数は群を抜いていた。船自体の大きさも通常の物より大きく、2、30人が優に乗れる大きさはある。

 その定期船の上―――甲板の一角に、桃色の髪を靡かせる二人の少女の姿があった。いや、1.5人と評したほうがいいだろうか? 一人は確かに15、6になろうといううら若き少女に違いないが、もう一人は幼子と呼んだほうが正しい。まだ5、6歳くらいの年齢だろう。

「のあ姉さま、まだ?」

 どこか舌足らずな口調で、幼子が傍らの少女に問う。

「あと少しよ。もうじき、島影が見えてくるわ」

「しま? ふぇれちゅみたいな?」

 彼女たちの住まう島―――フェレス島のことを言っているのだと気がついて、問いかけられた少女はくすくすと笑いながら頷いた。

「そうよ。でもフェレスよりもずっと大きいの。これから行くのはね、領主様のいるところなのよ」

「りょうしゅさま? えらい人?」

 幼い少女の語彙の中にはない言葉に、彼女はぱしぱしと目を瞬かせた。『のあ姉様』と呼ばれた年嵩の少女―――ルノワール・ヴェリテ・ダレット、愛称をノワールという―――は幼い少女と視線を合わせるように腰を折り、やんわりと言い聞かせる。

「領主様っていうのはね、とっても偉い人なの。お父様やお母様より、偉いのよ」

「お父さまとお母さまより? じゃ、じゃあおじさまとおばさまは?」

「伯父様たちよりも偉いの」

 幼女にとって身近にいる大人―――父と母、そして伯父夫妻。彼らはフェレス島に住まう名家の当主とその妹夫妻であり、島から出たことのない幼女にとって、世界の王様に等しい存在だった。

「ふぇ………」

これから会いに行くのが、その伯父伯母たちよりも偉い人と聞かされて、彼女の瞳に怯えの色が滲んだ。たちまちカチンコチンに凍りついた幼女―――従妹の姿にノワールは苦笑して、自分と同じ桃色の髪を撫でる。

「大丈夫よ。ご領主様はとてもご立派な方だし、奥方様もお優しい方だもの。それにね、今日会いに行くのは、そのご領主様のご子息のところなのよ」

「ごしそく………」

 鸚鵡返しに呟かれた言葉に、彼女は頷いた。

「今日が5歳の誕生日なんですって。そのお誕生日のお祝いに、私たちを招待して下さったの」

「おたんじょう日に? どうして?」

 だって仲良しじゃないよと、どうして自分が呼ばれるのかと言いたげな瞳に、ノワールは苦笑する。

 前述の通り、今日はご領主様―――ガルディオス伯爵の子息、ガイラルディア・ガラン・ガルディオスの5歳の誕生日だった。伯爵には14歳になる長女がいるが、ガルディオス家を継ぐのは長男であるガイラルディアである。その生誕の祝いとなれば、親しい貴族、そして地域の有力者が招かれるのはおかしなことではない。彼女たちの生家ダレット家もフェレス島の名士であり、ガルディオス伯爵家の分家筋に当たる以上、主家の跡取りの生誕祝いへの出席は義務といって差し支えないだろう。―――しかしそれは当主夫妻や、彼女自身のように社交界に出ている者の話であって、目の前でことりと首を傾げている従妹くらいの年齢では、生誕祝い―――すなわち夜会への出席は早すぎる。例えばマルクト宮廷の夜会にこんな子供を連れて行けば、マナー違反と眉を顰める者が出るに違いない。

 しかし今回に限っては、内々にではあるが、目の前の従妹こそが名指しで招待されていた。伯爵子息の話し相手として―――そして、婚約者候補の筆頭として。

 ガルディオス家はマルクトの貴族ではあるが、彼らにとっての使命は帝国への忠誠ではなく、別のところにある。

 真なる主家の、ひいてはその添え木たるべきガルディオスの存続。古より続くその血を守るため、ガルディオスは主従を入れ替え、血を交えて彼の一族を守り続けてきた。

 すなわち、聖女ユリア=ジュエの直系の子孫であるフェンデ家。表向きはガルディオス家に使える騎士の家系に過ぎないが、このフェンデ家こそがガルディオス家の本来の主である。そして彼女たちの生家ダレット家も、ユリアに連なる家系だった。フェンデ家を本家とするならば、ガルディオスとダレットはその分家―――フェンデを隠し庇護すると同時に、万が一の時のスペアとなるべく、血の濃さを保たねばならないのである。

 それゆえに、この三家は古くから婚姻を結び続けてきた。ガルディオス、ダレットのどちらも、血の濃さで言うならばフェンデ家と遜色ないだろう。

 しかしここ数代、ガルディオスは両家から血を迎えることができずにいた。現伯爵の奥方は政治的しがらみゆえにキムラスカから輿入れした女性であったし、政治的思惑がなかったとしても、都合よく年齢・性別の合う組み合わせで子供に恵まれるとは限らない。現に先々代の頃はどの家も男ばかりが生まれており、現伯爵の生母は首都グランコクマから嫁いできた貴族の女性だった。

 そのため三家の者たちは当代こそはと意気込んでおり、既にガルディオスの長女とフェンデの長子の間で内々に婚約話が持ち上がっている。現在フェンデの奥方が第二子を身篭っているが、その子供の性別が女でない限り、彼女の従妹はガルディオス家に嫁ぐことになるだろう。今日の生誕祝いに招かれたのは、その初顔合わせのためだった。

 けれど、そんな大人の思惑を幼い従妹に赤裸々に話せるはずもない。だから彼女は幼い子供でも受け入れやすいよう、当たり障りなく言い繕う。

「あのね、ガイラルディア様とお友達になってほしいの。年の近い子が近くにいないんですって。鬼ごっこもかくれんぼも、一緒に遊ぶ相手が必要でしょう?」

 5歳とはいえ伯爵家の跡取りがかくれんぼや鬼ごっこをすることを奨励されたりはしないだろうが、他に上手い例えが見つからない。おままごとや人形遊びよりはこちらのほうがマシだろうか。

「いっしょに遊べばいいの?」

 だったら大丈夫、と胸を張る従妹は、人見知りもせず非常に人懐こい性質をしていた。ガルディオスの子息は内気で引っ込み思案なところがあると聞いているが、案外釣り合いが取れてちょうどいいかもしれない。

 とはいえ、生誕祝いの席で主役を連れ出して庭の探検にでも行かれては拙い。彼女はそうよ、と頷きつつも、釘を刺しておくことにする。

「でもね、今日はご挨拶だけだから、一緒に遊ぶのはまた今度ね。叔父様と一緒にガイラルディア様のところまで行って、ご挨拶―――ほら、この間叔母様に褒めていただいたでしょう? スカートを摘まんでお辞儀をするの。そしたら後は、叔父様の言いつけを守っていればいいのよ」

 わかった? と確認すれば、彼女の従妹はこっくりと頷く。その頭を、結わえたリボンを崩さないようにして撫で、ノワールはにこりと微笑んだ。

 ちょうどその時、汽笛の音が辺りに鳴り響いた。離れたところに控えていた従者が、そっと近寄ってくる。

「ノワールお嬢様。間もなくホドの港に到着いたします」

「そう。わかったわ。ありがとう」

 ノワールは従者に頷き返すと、従妹の手を引いて船室へと踵を返す。

「さ、私たちも下りる仕度をしないとね、ユフィ。お屋敷では叔父様たちが待ってるわよ」

 ユフィ―――ユーフェミア・リデル・ダレット。

今年6歳になる彼女の従妹は、満面の笑みで頷いた。




Darkest before the dawn

亡失の島・1


 

※※※



仲間合流編・ホド組………なんですが、3〜4話はホド戦争時の話になりそうです。合流できるのはそのあとかな。



そして桃色姫ことユーフェミア。厳しめ系でもスザルル系でも嫌われることが多いキャラですけど、登場させてしまいました。ホド組編の反応が怖いなーとか日記で言ってたのはこのせいです………。
当方ギアスサイドの注意書きにも書いてありますが、個人的に厳しめ対象としては結構微妙な位置付けなんですよ。無印をリアルタイムで見てないのと、R2になってもっとアレな人たちが量産されたせいで霞んでいるというか。ちなみにはっちゃけたユフィとか黒ユフィとか、あとルルーシュ>スザクでルルーシュ大好きなユフィとかならユフィルルでも行けます。ってか捏造すれば結構好きなんだよよ………。
というわけで、この話のユフィは「ルルーシュ大好きvv ………え、スザクですか? そう言えばいましたねそんな人」くらいな勢いです。彼女は設定的に美味しいポジションなので、本編軸の中盤以降で出番が増えるかと。てか対ティア用最終兵器とも言います。譜歌でもユリアの血でもメロン具合でも負けてませんよ。………えーと、色々すみませんです。



で、ホド地方生き残りピンク髪、ということでノワールさんも登場です。ユフィの従姉。まだ15、6歳だし辛酸なめてないしで、ゲーム中みたいな蓮っ葉な?言葉遣いではありません。
あとダレット家とか書いてますが、力いっぱいオリジナルとなっております。家名については一応セフィロト関連の用語から。それ以外は話が進むと出てくる、かな。
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