ルルーシュがシェリダンに赴いてから、およそ3ヶ月後―――ついにメジオラ川を渡るための船が完成した。

ウィリアムズ老に確認したところ、アディシェスに残った者たちのための食糧は3ヶ月分、限界まで切り詰めたとしても、半年が限界だろうということだった。ルルーシュたちがアディシェスを発つ少し前に、綿花の畑を潰して救荒作物を植え始めたということだったから、それも合わせればもう少し持つかもしれない。

とはいえ、時間がないことには変わりない。アディシェスに残された者たちのことを考えれば、船の製造に悠長に半年も1年も時間を掛けるわけにはいかなかった。完成した船はシェリダンにあった古い船を解体し、その船尾に推進機関を取り付けただけの簡単なものだが、川の行き来程度なら何とかなるだろうということだった。もっとも、メジオラ側の水量が増し、流れが速くなる時期には使えないようだったが。

 しかし幸いこの時期はわずかな雨すらも降らない乾季で、川の水量は減っている。ルルーシュたちは完成した船を川べりまで運び、故郷へと旅立った。

―――アディシェスを発ってから、実に8ヶ月後のことだった。

 

 

 

※※※

 

 

 

ルルーシュは先ほどからバダックと共に積荷の目録を確認しており、緊急時のメンテナンス要員として同行しているシェリダンのイエモンは、推進機関の様子を見ていた。もう一人の同行者であるニーナは、イエモンの点検に付き合っている。

「…………」

そんな中ジョゼットは、さして大きくもない船の片隅から、難しい顔で川面を眺めていた。譜業などさっぱりわからず興味もない彼女はイエモンたちに混ざっても仕方がないし、かといってルルーシュの側にいるのも遠慮したい。―――彼女は未だ、ルルーシュに対する自身の態度を決めかねていた。

今の状況がよくないことは、彼女自身理解していた。

彼女はアディシェスの領主であるセシル家の直系で、隠れ家では耕作等の作業に加わってはいない代わり、バダックの補佐をする形で、魔物の警戒などを行う自警団(もどき)の指揮を執っている。その出自も相まって、若年とはいえ他の者たちから一目置かれる立場にあった。そんな彼女が一線を引いて接することで、ルルーシュの立ち位置は一層微妙なものになっている。

一方、当のルルーシュはウィリアムズ老やバダックと打合せをし、ニーナやシェリダンの技術者と工房で徹夜をし、空いた時間で幼い子供の面倒を見る、という生活を送っていた。ルルーシュと同年代かそれ以上の者は彼の異質さに尻込みするのだが、3、4歳程度の幼い子供は臆さずに寄っていく。どうやらルルーシュは子供の扱いには長けているらしく、これがまた甲斐甲斐しく世話を焼いていた。―――おんぶ紐で子供を背負って打合せをしている姿を目にしたときの驚愕は半端でない。

 そうした幼い子供たちはルルーシュに懐き、年嵩の子供たちがジョゼットを担ぎ出して彼らに対抗しようとする。ルルーシュがそれを相手にしないため、子供たちがますますエスカレートする。―――もはや悪循環であった。バダックたちが頭を痛めていることも気付いていたけれど、彼女が態度を改め歩み寄るべきだとわかっていたけれど―――どうしても、感情が邪魔をする。

(………いけ好かない。ずっと、小母様たちを騙して………今だって、一体何を考えているのか………!)

 2歳の時から6年間もの間、ルルーシュは周囲を欺いてきたのだという。それを自分も含めて、誰も気付かなかった。気付けないほどに、ルルーシュの演技は完璧だった。

 だからこそ、ジョゼットはルルーシュを信じられなかった。彼の言葉の真偽も何もかも、ジョゼットにはわからない。今の彼の言葉が真実なのか、本心からなのか―――今まで微塵も気付かなかったからこそ、この先も看破できる自信がない。騙されていても、偽られていても気付けない。それがたまらなく恐ろしかった。

 それなのに、ルルーシュは今も『ジョゼットの又従弟のルルーシュ』であるかのように振る舞い、アディシェスを案じる振りをする。彼の口にすること全て、ジョゼットには到底思いつかないことばかりで―――父母を、家族を、領民たちを想う心が彼に劣るはずがないのに、自分は結局ルルーシュほどには役に立てていない。

「………どうせ他人事の癖に………!」

 親子の振りをしていただけ、又従弟の振りをしていただけ、―――自分のことも小父小母たちのことも他人事だからこそ、あんなふうに泰然としていられるのだと。

 不信と憤り、そして焦燥と劣等感を滲ませた呟きに、しかし後ろから返る言葉があった。

「ルルーシュ君のこと?」

「ッ!?」

 慌てて振り向けば、そこにはニーナが立っていた。

「ニーナ………」

 ルルーシュの幼馴染であるこの少女も、『前世』とやらの記憶を持っていることは聞いていた。しかしルルーシュを通してのわずかな接点しか持たなかった彼女に対しては、ルルーシュに抱いたほどの鬱屈した感情が浮かんでこない。そのことに、ジョゼット自身は気付いていなかったが。

「ルルーシュ君、わかりにくいものね。秘密主義であんまり大事なこと話してくれないし、誤解されやすいし」

 微苦笑を浮かべながらの言葉はおそらくルルーシュのフォローなのだろうが、今のジョゼットには逆効果だった。彼女はますます目を吊り上げて、ニーナを睨み付ける。

「………自分はよく知っていると言いたいのか? 私たち………私や小母様たちよりずっと、あいつのことを知っていると! どうせっ、どうせ私たちのことなど、お前たちには他人事でしかないんだろうさ!!」

 途中からジョゼット自身、何を言っているのかわからなくなっていた。ただ感情の命じるまま、言い募る。

「え、あ、あの………?」

 ジョゼットの剣幕に、ニーナはおろおろと視線を彷徨わせた。フレイヤ絡みの経緯から腹を括って大分変わったとはいえ、もともとのニーナはかなり内気な性質である。彼女の認識ではジョゼットは5歳以上も年下の少女だが、それでも掴みかからんばかりの勢いで詰め寄られれば、うろたえもするだろう。

「どうした? 何かあったのか?」

 おろおろとするニーナのさらに背後から、騒ぎを聞きつけたバダックが現れた。その傍らにはルルーシュもいる。

 彼らはジョゼットの剣幕を見て薄々状況を悟ったらしく、またか、と言わんばかりの表情になった。どうしたものかと困惑している様がありありと見えて、ジョゼットはキュッと唇を噛む。

「………何でもない!」

 吐き捨てるように言い置いて、ジョゼットは足音荒く立ち去った。

 

 

 

 船室―――小ぢんまりとした操縦室のようなものだ―――へと姿を消したジョゼットを見送って、残された者たちは大きなため息をついた。

「………困ったものだな」

 バダックの呟きにルルーシュは苦笑した。結果的に不和の種となっているが、それでも『異物』であるルルーシュに対し、ジョゼットはまだ理性的に対応しているほうだろう。かつて『日本』でブリタニア人という理由で差別や迫害を受けた記憶があるルルーシュには、ジョゼットの態度はそのように映る。

「ごめんね、私が余計なこと言ったから………」

 火に油を注いだ形になったニーナが、悄然と項垂れた。彼女は彼女なりにルルーシュとジョゼットの不和に心を痛めており、ルルーシュのフォローをと思ったのだが、そうそう上手くはいかないようだった。傍若無人のようでいて、他人の心の機微を察するのが上手かった快活な幼馴染の顔を思い出し、ニーナは小さくため息をつく。

「………別に君のせいじゃないだろう。気にするな」

 そもそも自分が原因だと、ルルーシュは首を振る。実際、『前世』持ちという意味でルルーシュとニーナは同じ立場にあるのだが、ジョゼットとニーナの元々の関係の希薄さから、事は既にルルーシュとジョゼットの問題になっている。

「………」

 ジョゼットが消えて行った扉を眺め、ルルーシュは困惑の滲んだため息をついた。




Darkest before the dawn

礎の街・3


 
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