積荷に隠れてシェリダンに辿り着いた後、ルルーシュたちは『め組』と呼ばれる技術者集団の家へと案内された。

 シェリダンの行政はバチカルから派遣された領事が取り仕切っているが、技術者側―――すなわち大部分のシェリダンの住民の取り纏めをしているのは、このめ組を中心とした技術者のネットワークである。

シェリダンに昔から住んでいる者たちは職人気質の義理堅い頑固者が多く、住民との折衝もろくになく上から押し付けるだけの領事、ひいてはバチカルの貴族たちを好いていない。王家、そして特権階級である貴族への尊崇の感情の希薄さは、キムラスカ領内の他のどの土地と比べても群を抜いているほどだ。

元々、シェリダンは他の領地とは、街の成り立ちからして事情が異なっている。キムラスカは周辺の小国を併呑し、服従した小国の王家をキムラスカ貴族として封じ、あるいは王家を滅ぼした後に貴族を遣わして、自国の一地方として飲み込んでいった。

しかしラーデシア大陸は譜術戦争で当時栄えていた国が滅びた後、大地が枯れて荒地ばかりになったため国らしい国が栄えることはなく、長らく誰からも目を向けられずにきた。オールドラントでも辺境に位置することも、それに一役買っていただろう。現にラーデシア大陸以上に緑の枯渇したザオ砂漠近郊は、各大陸を繋ぐ交易の中心地として盛んに人々が行き来している。

しかし近年―――それでも数百年は経っている―――ラーデシア大陸固有の砂や鉱物等が譜業製造に適していることに注目し、譜業の技術者たちがラーデシア大陸へと集まってきた。彼らが採集、そして譜業の開発のための拠点としたキャンプ地が後に集落へと発展し、今日シェリダンと呼ばれる都市になったのである。

そして製造される譜業の軍事的有用性から、キムラスカ王家はこの地を貴族に私有化されることを恐れ、貴族を領主として派遣することをせずに王家の直轄領とした。しかし独立心旺盛な彼ら技術者たちに対し、キムラスカは締めつけ押し付けるだけの統治を行い続け―――結果、シェリダンの住民とキムラスカ王家との間には、他の都市にはない精神的な隔たりが生じることとなったのである。

 そしてそんな彼らだからこそ、アディシェスの置かれた窮状に、助けの手を差し伸べてくれたのだろう。終戦までの隠れ家と幾ばくかの食糧、そして戦後はほぼ間違いなく孤児となるだろう子供たちの受け入れまでも申し出てくれた。数十人を越える孤児の受け入れなど、決して容易なことではないだろうに。

 だからこそ、ルルーシュは彼らへ面会することを希望した。ただ守られ、与えられることは彼の性分には会わなかったというのもあるし、また譜業の知識を得ることが、今後役に立つかも知れないという打算もあった。

 かくして、今回のシェリダン行きと相成ったのである。―――それが彼の二度目の生の、大きな分岐となることなど、今のルルーシュには思いもよらないことだった。

 

  

 

 応接スペース―――と呼ぶにはお粗末ではあったが、図面や機材が山積みされた部屋の中にあって、椅子とテーブルがきちんと露出している―――の椅子に腰掛けた子供ばかり3人の姿に、老人は怪訝そうに問いかけた。

「わしが『め組』の代表者のイエモンじゃが………お前さんがたが代表者なのかね?」

老人の入室に気付いて椅子から立ち上がった3人を代表し、肉体年齢的に最年長であり、出自を考えても代表者となるべきジョゼットが、老人に一礼してから口を開く。

「お初にお目に掛かります。私はジョゼット・セシル。アディシェス領主ゼベット・セシルの末子です。この度はシェリダンの皆様のアディシェスへのご厚情、父母に代わって御礼申し上げます」

 ルルーシュたちと違って正真正銘11歳のジョゼットだが、貴族の子女としての教育は既に始まっている。彼女はややたどたどしい口調ながら、自己紹介と、支援に対する礼を述べた。

そんなジョゼットを見、イエモンは領主の子であるならば、子供ながらに代表者の一人として訪れたことには合点がいったようだった。それにここまでの移動手段を考えると、大の大人が積荷に隠れるのが難しいことも理解はできる。

 だがそれにしても、残りの子供二人は何なのだろうかと、依然訝るような色は残っている。そんな疑問をありありと滲ませた視線に、ジョゼットは傍らの二人を指し示した。

「こちらはルルーシュ・クロフォード。私の………又従妹に当たります。そして彼女がニーナ・ウィリアムズです」

「初めまして」

「ルルーシュ・クロフォードと申します。お目に掛かれて光栄です」

「お、おお、こりゃご丁寧に」

 10歳にもならないだろう子供の卒のない挨拶に、イエモンは目を白黒させながら頷いた。下手をしたらルルーシュくらいの孫がいてもおかしくなさそうな年齢だけに、その驚きも一入だっただろうが、彼は気を取り直して目の前の子供たちに椅子を進め、自身も向かい側に腰を下ろす。

「それで、何やら相談事があるらしいと聞いとるんじゃが」 

「はい。ですがその前に、こちらをご覧頂けますか?」

 そう言ってルルーシュが差し出したのは、レポートのような物だった。疑問符を浮かべてそれを受け取ったイエモンは、ぱらぱらと読み進めていくうちに顔色を変える。

「こ、こりゃあ………自律駆動回路の設計図じゃないか!」

 レポートを握り締めたままワナワナと震え始めたイエモンは、目を見開いてルルーシュを見た。その彼の顔は驚愕と、それを上回る興奮に輝いている。

「信じられん………まさか、ここまで完璧に復元させるとは………。い、一体誰がこれを書いたんじゃ!?」

 テーブルから身を乗り出して問い質すイエモンに、ルルーシュは傍らに座ったニーナを指し示した。

「このレポートを書いたのは私と、それから彼女です」

「なんじゃと!?」

 イエモンはルルーシュの返答に目を剥いた。ルルーシュは言葉をなくしたイエモンに対し、穏やかに微笑んだまま、こちらの事情を説明する。

「隠れ家をお借りした当初、設備等を確認している最中に件の譜業と描きかけの設計図を拝見しました。大変興味深い内容で、一言持ち主の方に断りを入れるべきだとは思ったのですが………申し訳ありません」

 そう言って頭を下げたルルーシュに対し、イエモンは緩慢に首を振る。

「い、いや、それは別に構わんのじゃが………しかしこれを本当に、お前さんがたが描いたのかね? わしら全員、匙を投げたモンじゃが………」

 そう言ってしみじみと眺めたレポートには、図面や記号がびっしりと描き込まれている。おそらく大部分の人間にとっては幾何学模様の羅列にしか過ぎないだろうが、技術者であるイエモンには、その詳細が理解できていた。それがどれほど高度なものかということも。

 レポートにあるのは、ルルーシュの言葉通り、シェリダンから提供された隠れ家に残されていた譜業を解析・復元した図だった。シェリダンではしばしば発掘した創生暦時代の譜業を研究しており、件の譜業もそうした物の一つである。

しかし特にこの譜業は2000年以上前の物であり、当時の文明は壊滅的な被害を受け、その技術のほとんどが失われている。さらに2000年前のサザンクロス博士によるプラネットストーム構築によって飛躍的に音素量が増えたため、それ以前と以後の譜業では技術的に大きな隔たりが生じている。プラネットストーム構築以前は、今のように音素を燃料・原動力として恒常的に利用できるほど、音素が豊かではなかったのである。

 従ってそれ以前の譜業―――そう呼んでいたかも定かではないが―――は音素を取り込み動力とするのではなく、カラクリ仕掛けのような造りでエネルギーを発生させていた。その際多少の音素は必要となるが、少量の音素を驚くほど効率的に利用し、最大限の効果を挙げている。

 件の譜業はおそらく何か大型の譜業の駆動回路部分と思われたが、長い年月の間に破損し、半分以上が欠けていた。それでも発掘された中では最も保存状態がよい物だったが、それでも当時の技術の多くが失われていることもあり、現代の技術を基礎にしているシェリダンの技術者では、失われた部分を補完することはできなかった。

 しかしオールドラントとは異なる技術を持つ世界を知るルルーシュとニーナは、彼らとは違う視点で見ることができた。そして二人ともが、分野は異なるとはいえ、かつての世界でトップレベルの頭脳を持つ人間である。ルルーシュの頭脳は政治経済軍略、そしてソフト面と多岐に及んでおり、KMFの性能を把握するため、専門家には及ばないまでも、ハードの知識もある。一方のニーナは化学部門に特化しているとはいえ、やはり並みのKMF技術者程度の知識はある。おそらく彼らが書いたレポートでは創世暦時代の物をそのまま復元できたわけではないだろうが、現行の技術と方向を異にした譜業の雛形となりうるという意味では、大きな成果となるかもしれない。

「………ふむ、これなら音素吸収量を大幅に削減できるぞ。となるとあの反射板を外して、機体後部を軽量化して………いや、しかしそうなると機体のバランスが………」

 図面を見ながらブツブツと呟きだしたイエモンは、現在難航中の譜業にこの駆動回路を導入した結果をシミュレートし始めた。没頭すると回りが見えなくなるタイプらしい。―――まあ技術者というか、研究者というのは大なり小なりそうした面を持っているのだろうが。

 しかしやがて我に返ったらしいイエモンが、慌てたようにこちらを振り返った。

「い、いや、これはすまんかったの。つい興奮してもうた」

「いえ、お気になさらず」

 ぽりぽりと禿頭を掻いて頭を下げるイエモンに、ルルーシュはそう返す。むしろ食いつきがよくて好都合とまで思っている。

「しかし………疑うようですまんがの、これは本当にお前さんがたが描いたのかね? その、正直、わしにはお前さんがたが10歳かそこらの子供にしか見えんのじゃが………」

「正確には8歳ですね。ですが、諸事情に付き、それに10年ほど足して計算して頂けると助かります」

「は?」

 ルルーシュの返しにイエモンはぽかんとして聞き返した。しかしウィリアムズ老やジョゼットの例を見るまでもなく、前世だのの話を持ち出したところで、容易に受け入れられることではない。下手をすれば、余計な混乱を招くだけだろう。だったら煙に巻いてしまったほうがいい。

「それで、そちらの設計図は、本職の方々の目で見ても実用に耐えうる物でしょうか?」

 改めてイエモンに水を向けたルルーシュに、彼はふむ、と顎を押えて考え込んだ。往々にして技術者や研究者と言った人種は、自分の専門分野が関わると、前後の瑣末な出来事が翳むものである。もちろん全員が全員そうではないだろうが―――ランスロット馬鹿のロイドと基本常識人なセシルを一緒にしてはセシルが気の毒だ―――先ほどの没頭振りからして、イエモンにもそうした傾向はありそうである。

 果たして、ルルーシュの思惑通り、イエモンは再びレポートに目を落とす。

「わしだけでなく、他のモンにも意見を聞かんと断言はできんが………おそらく、ほとんど問題なく使えるんじゃないかの。導体に使う金属を変えるか、変圧器を間に挟むか………まあ、いくらか手を加える必要はありそうじゃが」

 それでもこれを使えば、少量の音素で従来並みのエネルギーを生み出すことができる。そうなると、今まで外すことができなかった大量の音素を取り込むための吸収装置を削減し、譜業の小型化や、機能の追加など、様々な改良・発展が望めるだろう。

「それを伺って安心しました」

 交渉のためのカードがカード足りうることを確認し、ルルーシュはにこりと微笑んだ。天使のように愛らしい幼児の笑みがなぜか油断ならない物のように見えるのは、その上辺だけではなく、本質を映したものだからだろうか?

「そのレポートをそちらにお譲りいたします。その代わりと言ってはなんですが、ご助力頂きたいことがあるのです」

「そりゃ、わしらとしても願ってもないことじゃが………いや、しかしこれほどの物になると、はした金ではすまんじゃろ。何百………いや、何千ガルドになるか。そんなモンをほいほいと譲ってもらうわけには………」

 シェリダンで製造される譜業は、1点物の譜業と、設計図から大量生産―――といっても大掛かりな工場があるわけではなく、下請けの工房が流れ作業で量産する物だ―――の2種類がある。このうち後者の場合は設計図に権利が生じ、かなりの額のガルドが動く。他にも基幹部品など、複数の譜業に流用される部品なども、設計図には莫大な金が支払われることになる。

 ルルーシュがイエモンに見せた物は今後その基幹部品の一つになりうる物であり、そこから生じる利権はかなりの物になるだろう。それをあっさり譲ろうというルルーシュの言葉に、イエモンは思わず首を振る。

「いえ、シェリダンの方々には、到底金銭には代えられないだけのご助力を頂きました。その上で、更なるお願い事をしようというのです。それでは足りないくらいだと思いますよ」

「………いや、わしらは人として当然のことをしたまでじゃ。隣人を見殺しにするほど、性根が腐ったつもりはないんでな」

 きっぱりと言い切ったイエモンは、しかし譲る様子のないルルーシュに、やれやれと肩を竦めた。

「………じゃがまあ、くれるというモンを断ることもなさそうじゃの。―――それで、わしらは何をすればいいんじゃ?」

 随分と高く付きそうだ―――そう言って呵呵と笑うイエモンに、ルルーシュもまたにっこりと微笑んだ。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

 ルルーシュがイエモンに助力を求めたのは、大きく分けて3つほどあった。

 一つ目が、隠れ家近郊で始めた農業に関する援助。

 ルルーシュたちが隠れ家に落ち着いてから既に四ヶ月が経っており、着いてしばらくした頃にシェリダンから提供された食糧から種芋を調達して、隠れ家の裏手に植えたイモ類の収穫が先日終わったところだ。荒地に強い作物とはいえ、何分農業には素人ばかりのため適切な手入れができず仕舞いだったが、コロコロしたちびイモが収穫できた。―――お陰でしばらく3食イモ祭りになってしまったが。

 どうせ人手も土地も余っているのだから、もう少し手を広げたい―――栽培する作物の種類を増やし、また作業自体の効率を上げたい。そのため、ルルーシュはシェリダンに耕作用譜業の製造、そしてカボチャやトマトなどの苗木の調達を依頼したのである。譜業自体は耕運機の小型の物をニーナと二人でコンセプトを図面にして渡しておいたから、2、3ヶ月もすれば完成品が手元に届くだろう。

 二つ目の依頼は、一部の住民を前倒しで引取ってもらいたいということだ。子供たちの中には身体が丈夫でなく、過酷な旅と生活のせいで臥せりがちになっている者もいる。いつになるともわからない終戦を待っていては、身体が持たない可能性もある。

 そして三つ目が、アディシェスへの移動ルートの開拓協力である。

 隠れ家近郊で食糧の栽培を始めたことで、シェリダンからの支援も合わせればルルーシュたち避難民の食糧事情にはかなりの余裕が生まれ始めた。もちろん皆が腹一杯食べるには足りないが、多少の空腹を我慢すれば、余剰分をアディシェスに送ることもできるだろう。

 しかしそれをしようにも、アディシェスまで辿り着く道がない。彼らが行きに通ったメジオラ高原の道は、魔物に襲撃された際に橋を落としてしまっている。それを抜きにしても、あれほどの犠牲を払って踏破した道を、再び戻ることはできないだろう。

 しかしメジオラ川を越える正規のルートは現在使えない。イエモンに確認したところ、キムラスカ軍はアディシェスの動向を見張る手間を惜しみ、メジオラ川に掛けられた橋を落としたらしい。メジオラ川は川幅が広く流れも比較的早いため、手で漕ぐような小船では向こう岸に渡れない。外海を越えられるだけの船を持たないアディシェスの住民は、ラーデシア大陸南部に閉じ込められた形になっている。

 しかしキムラスカ軍が街道を見張っているわけでないということは、メジオラ川さえ渡ることができれば、アディシェスまで見咎められず行くことができるということだ。そこでルルーシュは川を渡る手段として、推進機関をつけた船の製造をシェリダンに依頼したのである。

もっともこれは他の二つほどに簡単なことではなかった。

依頼した船はキムラスカ軍に納めているような艦船ではなく、通常の小船に推進を機関をつけただけの漁船程度のもので、技術的にはそれほど難しいものではない。しかしそんな物でも、シェリダン内部で製造したのではキムラスカ軍の目を盗んで街の外に持ち出すことは難しい。資材や部品を運び出して隠れ家で組み立てるしかないのだが、組立作業のできる人間など隠れ家にはいないのだ。結果、シェリダンから二人ほど、隠れ家に派遣されて作業を行うことになった。

それらの計画を、イエモンを始めアストン、タマラというめ組の中心人物を交えて話し合い、話し合いが終わった頃には、そろそろ日が沈み始めていた。話し合いを始めたのが昼過ぎだったため、かれこれ5時間近くは話していたことになる。

「まあ、概ね予定通りにいきそうだな」

 イエモンの家を出、提供された宿泊所―――隠れ家に戻るには、半月後の鉱石採集に紛れるしかない―――に向かいながら、ルルーシュは呟いた。

「そうだね。上手くいけば、アディシェスへの配給もできるようなるかな」

 傍らを歩くニーナも、先ほどより明らかに表情が明るくなっている。

 心なし、浮かれた様子で会話する二人―――その後ろを歩きながら、ジョゼットは『別人』になってしまった又従弟の後姿を、睨み付けるように凝視していた。




Darkest before the dawn

礎の街・2


 

※※※



うーん、まだジョゼットさんが不穏な感じですね。多分次の次あたりで話が動くと思います。それまではこんな感じかなー。まあどこぞのP陛下みたいな、おおらかと言うかアバウトなキャラだったら生まれ変わりとか聞いても結構さらっと受け入れてくれそうですけど、彼女の性格では無理だと思うんですよね。ので、もうちょっと大目に見ててあげて下さい………。


あとニーナの心情(フレイヤがトラウマになってそうなのに譜業開発に協力とかルルーシュに対する葛藤とか)の描写がすこーんと抜けてますが、仲間合流編で一応触れようと思ってます。………うん、多分。
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