ルルーシュたちが目的地であるシェリダン近郊の隠れ家に到着したのは、アディシェスを経って1ヶ月後のことだった。

シェリダンでは様々な譜業を開発・製造しているが、その種類によってはローレライ教団やキムラスカ上層部から横槍が入れられることも多々あり、技術的資金的な問題からでなく、しばしば開発に遅延が生じることもあるという。シェリダンの職人の中にはそうした煩わしさを嫌って、何とか自力で資金を工面しようとする者たちもいる。

アディシェスからの一行が提供されたのは、そうした場合に使用されていた隠れ家だった。大掛かりな物になると、シェリダン内の工房に隠すのも限度がある、ということらしい。メジオラ高原外縁部に当たる岩棚の亀裂を利用した大きな格納庫兼工房の他は、譜業用の資材の余りで柱や屋根、風避けの壁をつけた程度のあばら家だったが、ラーデシア大陸は年間通して冷え込むことはほとんどなく、風邪と日差しを避けられれば住居としては及第点という土地柄であり、臨時の避難場所としてはまずまずの場所だった。

食料問題に関しては、道中の魔物の襲撃で―――あれから2度ほど魔物に襲われた―――子供たちの数が最終的に当初の3分の1程度にまで減ったことで、皮肉にも多少の余裕ができた。シェリダンからは定期的に食料が差し入れられるが、燻製にした肉類は貯蔵し、また果物なども干して保存食に加工することができている。最大の問題である飲料水に関しても、隠れ家を作った際に近くの川から水を引いており、飲料用だけなら十分に賄うことができた。

ウィリアムズ老や数少ないアディシェスの大人たちは、終戦までここでやり過ごし、シェリダンの厳戒態勢が解かれてから子供たちを移住させてもらうつもりでいたようだが、正直いつ終わるとも知れない戦争―――過去の例を見る限り、幾度かの睨み合いを挟みつつ、数年間戦争が続いたこともあるらしい―――の間中ただ隠れ住むなど、大人はともかく数十人の子供たちには難しいだろう。今まで元気に外を走り回っていたのが、いきなり隠れ家から出てはいけません、では精神的にもきつすぎる。

 とはいえ子供がウロウロしていい場所でも状況でもないことは間違いない。そこで子供たちの労働(という名の暇潰し)と食糧問題の改善を兼ねて、隠れ家を挟んだメジオラ高原側の平地に川の水を引き入れ、芋類など荒地に強い作物を育てることになった。畝作りなどは幼い子供の手に余るが、中には十代半ばの少年たちもおり、大人の指導を受けつつ額に汗して働いた。空いた時間にはウィリアムズ老が青空教室よろしく講義を行い、年長の子供たちの中には、バダックに教えを請うて鍛錬に励む者も出始めている。

 そんな中、ルルーシュの存在は明らかに浮いていた。道中で譜術を駆使し魔物を退けていた姿を見ていたせいか、他の子供たちからいじめを受けるようなことはなかったが、ほとんどの者からは、畏怖のような感情と共に遠巻きにされている。せめてルルーシュがセシル家の直系であれば、あるいはもっと年長であれば、畏怖は畏敬となりえたかも知れなかったが、彼は傍系に過ぎず、また外見上8歳の子供でしかない。ジョゼットがルルーシュに隔意を抱いていることも手伝って、ある種腫れ物のような扱いになっていた。まともに会話をするのはニーナとバダック、そしてウィリアムズ老くらいという状況である。

また次第に一行の頭脳的な役割を果たすようになったことで―――アディシェスの大人たちは少々どころでなく見通しが甘かった―――他の子供たちのように畑作りなどにも直接参加しなくなり、『特別扱い』されているように見えることも、反感を買うのに一役買っていた。

ルルーシュ自身は無理もないことだと割り切っていたが、確実に彼らの不満は蓄積されつつあった。

 

 

      ※※※

 

 

「ルルーシュ。そろそろ出るぞ。準備はいいか?」

「ああ、問題ない」

 バダックに声を掛けられて、ルルーシュは風避けのマントを羽織りながら頷いた。

 シェリダンからは半月に1度ほど、鉱物の採取を装って、示し合わせた洞窟へと幾ばくかの食糧が届けられる。それが今日であり、普段ならシェリダンの一行―――護衛と監視を兼ねたキムラスカ軍が随行している―――が立ち去った後、隠してある食糧を回収しに行くことになっている。

 しかしこの日はいつもとは事情が異なっていた。シェリダンの一団が洞窟に着くよりも早く、彼らは待機場所にいなければならない。

 この日、ルルーシュはとある交渉事のため、技術者たちと共にシェリダンまで赴くことになっていた。一応アディシェスの代表者はウィリアムズ老、魔物の警戒等の実務面はバダックが指揮を執っているのだが、キムラスカ軍の目もあるため鉱物を運ぶ荷に紛れこんでの移動となるため、高齢のウィリアムズ老と巨漢のバダックは交渉役から除外され、小柄で積み荷に隠れやすいルルーシュがシェリダンへ向かうことになった。ルルーシュは実質的に参謀役を担っているし、弁も立つ。そもそも今回の交渉の内容もルルーシュが言いだしたことで、交渉役としては申し分ない。―――その子供でしかない外見を除けば、だったが。

「ジョゼットも行けるか?」

「………ああ、大丈夫だ」

 前述の事情から、ジョゼットもルルーシュに同行してシェリダンに赴くことになっていた。彼女もルルーシュと3歳しか違わない子供ではあったが、彼女にはセシル家直系という肩書がある。ルルーシュ一人で行かせるよりは、話し合いもスムーズに進むだろう。

 そう名乗り出たのはジョゼット自身ではあったが、彼女は頑なにルルーシュへ視線を向けようとはしない。

ルルーシュが『前世』の話を打ち明けた日以来、彼ら二人が私的な会話をすることはなくなっていた。ジョゼットは余り柔軟なタイプではなく、それどころか生真面目で潔癖な性質である。その彼女には、又従弟の豹変を受け入れられず―――そして、小母たちを欺いていたことが許しがたいのだろう。今回自ら同行を申し出たのも、ルルーシュを野放しにできないと考えてのことのように思われた。

 全身でルルーシュを警戒し、疑念に満ちた視線を向けてくるジョゼットに、ルルーシュは内心で嘆息しながら荷物を持ち上げた。そのまま、スタスタと歩き出す。

「ルルーシュ?」

 最後の一人、ニーナの到着がまだだというのに歩き出したルルーシュに、バダックが声を掛ける。

「………外にいる。準備が終わったら来てくれ」

 それだけを言い残すと、ルルーシュは隠れ家の出口へと歩いて行ってしまった。残されたバダックは、ため息交じりにジョゼットを見下ろす。

「………ジョゼット。お前の気持ちもわからなくはないが、わざわざ和を乱す真似をしてどうする?」

 ルルーシュの存在は確かに異質だが、彼が集団の中でここまで孤立しているのは、ジョゼットの態度によるところも大きい。

「………」

 それはジョゼット自身気づいていたから、バダックの言葉にただ唇を噛みしめる。

「仲間割れをしていられる状況ではない。………わかるな?」

「………………」

 黙りこくったジョゼットに、バダックは再び零れそうになったため息を噛み殺す。

 正直なところ、先ほど告げた通りバダックはジョゼットの気持ちは理解できる。‘以前の’ルルーシュと全く接点のなかった他人のバダックとは違い、ジョゼットは猫を被っていたルルーシュと、身内として過ごしてきているのだ。それが突然別人のようになったのでは、今まで騙されていたのだと感じるのも無理もないだろう。

 ましてジョゼットは未だ11歳の少女にすぎずない。そんな彼女に、感情を理性で制御しろと求める方がおかしいのだ。もちろん貴族であり、人の上に立つ者として育てられている以上、自らを律することは教えられていてしかるべきではあるが、それでも完璧を求めるのは酷なことだろう。平時であれば、両者の距離を置かせて応急処置を図ることもできた。

 しかし現在の彼らは非常事態であり、団結して事に当たらねばならない状況にある。そしてルルーシュの頭脳と知識は間違いなく彼らにとってなくてはならない物で、そのルルーシュとジョゼットが対立している現在の状況は、バダックにとっても歓迎できないものだった。

(………ルルーシュには余り期待は出来そうにないしな………)

 外見はともかく、前世の記憶とやらを合わせれば20歳を越えているというのなら、もう少しうまくフォローしてやって欲しいと思うのだが、ルルーシュはそういった対人スキルを著しく欠いているようだった。なんというか、あまりにも不器用すぎるのだ。自らの内面を語る言葉が徹底的に足りていない。バダックやウィリアムズ老のように、人生経験を積んできた人間には見えてくる物もあるのだが、ジョゼットくらいの年齢ではまず無理だろう。

 むっつりと黙り込んだまま隠れ家の外へと歩き出したジョゼットを見送ったバダックは、内側も外側も山積みの問題に、3度目のため息を噛み殺した。


 

 




Darkest before the dawn

礎の街・1


 

※※※



ここからホド戦争編後半に入ります。別名ジョゼットさんとの和解編&ルルーシュブチ切れ編ともいう………かも。

それにしてもバダックさんが恐ろしく苦労人ですね。ちょっと生え際を心配したくなります。てか彼この時点でまだ32歳なんですよね………。本編で48歳らしいので。
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