皇暦2018年―――エリア11、富士山上空。

 神聖ブリタニア帝国第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア率いるブリタニア正規軍と、その実妹であり、兄の即位に異を唱えて自らも皇帝を名乗ったナナリー・ヴィ・ブリタニア、そして彼女を支持するシュナイゼル陣営、ルルーシュの打倒を掲げる黒の騎士団の混成軍が相間見える。

 自らを正義と自認し、悪たるルルーシュを止めるのだと―――見当違いの使命感に後押しされて、彼らは最悪の結末へとひた走る。

 

 

 

 激戦の中、既に黒の騎士団の旗艦・斑鳩は墜ちた。

 一方で、ルルーシュの旗艦アヴァロンも今、敵機の侵入を許してしまっている。

『貴方は私が止める! ………さようなら……ルルーシュ!!』

 せめて私の手で―――あるいは、私こそが、というのだろうか。アヴァロン内へと侵入した紅蓮のコックピットの中、涙を湛えた瞳でカレンが喚く。

 それをC.C.がランスロット・フロンティアで押さえつけ、ルルーシュへと叫んだ。

『ルルーシュ! ここは私に任せて、お前はダモクレスを!』

「しかし、紅蓮相手では………!」

 とっさにルルーシュは叫び返していた。ランスロット・フロンティアは量産機と比べれば高性能ではあるが、紅蓮を相手取れるほどではない。

『しつこい!』

 現に、カレンの苛立たしげな怒鳴り声と共に、フロンティアの拘束を振りほどこうと紅蓮がその身を捩る。容易く吹き飛ばされることこそなかったが、それでも機体出力の差は歴然としており、C.C.が振りほどかれるのは時間の問題だった。

 そんなルルーシュの躊躇を知りながら、C.C.は首を振る。

『………嬉しかったよ。心配してくれて』

「ッ、」

 思わず息を呑んだルルーシュに、彼女は笑って言った。

『早く行って、そして戻って来い。………私に、笑顔をくれるんだろ?』

「………ああ。約束しよう!」

 力強く頷いて、ルルーシュは蜃気楼へと乗り込んだ。

『………ルルーシュ』

 真っ直ぐに艦外へと飛び出していくのを見送って、C.C.は愛しい魔王の名前を呼ぶ。

 しかしこの一連のやり取りに納得できないのがカレンだった。ルルーシュへの情を、凝り固まった嫉妬と憎しみへと塗り替えていたカレンは、深いところで通じ合ったかのような二人の絆を見せられて、目の前が真っ赤に染まるほどの怒りを覚える。

『ッ、ルルーシュぅぅうううぅうぅぅうう!!!』

 絶叫と共に振りぬいた紅蓮の右腕が、ついにC.C.のフロンティアを吹き飛ばした。アヴァロンの壁へと叩きつけられたフロンティアに見向きもせずに、カレンは蜃気楼を―――ルルーシュを追う。

彼女以外の騎士を従えるゼロを、彼女以外と心を通じさせるルルーシュを、―――カレンを必要としないルルーシュを、消すために。

『ッ、待て………カレン!』

 機体を損傷しながらも立ち上がったC.C.が、慌てて紅蓮を追った。けれど最高峰の性能を誇る機体に追いつけるはずもなく、見る見るうちに真紅の機体がアヴァロンから遠ざかる。

『ダメだ………あいつらの邪魔をさせるわけには!!』

カレンが向かう先、ルルーシュとスザクが何をしようとしているのか、C.C.はもちろん知っていた。彼らの作戦が失敗してしまえば、ルルーシュの―――いや、世界をもどん底に叩き落すフレイヤの支配が待っている。

『やめろ………ッ!』

 蜃気楼へと猛追する紅蓮が、ランスロットの進路を阻む。コンマ単位での時間に成否を懸けるこの作戦に、紅蓮の妨害は致命的で―――。

『―――ルルーシュ………!!』

C.C.の見つめる中、白熱の閃光が空を焼く。―――フレイヤの、光だ。紅蓮の妨害によって蜃気楼との接触のタイミングを失したために、ランスロットの投じたアンチフレイヤ・エリミネーターが、効果時間内にフレイヤへと辿り着かなかったのだ

『やった………やったの?』

 光に呑まれて消えていく漆黒の機体、そして白の騎士を呆然と見やり、カレンが呟いた。やがてそれは戦場へと伝播していき、斑鳩から射出された脱出艇で、アヴァロンへの侵入を試みていた神虎率いる別働隊のコックピットで、次々に歓声が上がり始める。

 それをBGMに聞きながら、カレンは彼らが最期にいた場所へと目を向ける。

『ルルーシュ………ねえ、貴方はどうして、――― 一体、どこで間違えてしまったの………?』

ルルーシュの真意を知ろうともせず、そのくせさも自分が彼を理解していたかのように、“道を誤ってしまったルルーシュ”を憐れむ言葉を紡ぐ。自らに陶酔するようなその有様にC.C.が覚えたのは嫌悪であり、そして憐憫であった。何も知らない、理解しようとしない―――憐れで愚かな道化者。

『………馬鹿な奴らだ』

だから思わず口をついて出た言葉に、カレンは過敏に反応した。以前ならば顔を歪めて罵り返しただろうが、もはや精神的にも情勢的にも今や自分たちが『勝者』であると自らの優位を信じて疑わないカレンがC.C.に向けたのもまた、敗者への憐憫である。

『C.C. ………もうやめて。ルルーシュは死んだわ。アンタも見たでしょう? だからもう、これ以上………』

 だから降伏しろというのだろうか。これ以上馬鹿な真似をするなと?

 しかしC.C.の目には『馬鹿な真似』を仕出かしたのは彼女たちのほうであり、それはおそらく全世界、人類にとって最悪の罪と受け取られることだろう。彼らは彼らの思い込みによって、フレイヤに対抗する最後の希望を摘み取ったのだ。

この先―――おそらく数十年以上の長い間、世界はフレイヤによって押さえつけられ、苦しめられることだろう。世界の憎しみはダモクレスに、シュナイゼルに、ナナリーに―――そしてその走狗となって引き金を引いた、黒の騎士団へも向けられる。

 けれど彼らの愚かさを憐れむ一方で、最愛の魔王を裏切り、罵り、死に至らしめた騎士団への怒りも確かに彼女の中にあり、だからC.C.は皮肉げに唇を吊り上げる。

『そうだな。ルルーシュは死んだ。お前たちが殺した。………唯一、フレイヤを無効化できるはずだった、アンチフレイヤ・エリミネーターと共に』

 フロンティアから戦場中へと開かれたオープンチャンネルで、C.C.は謳うように呪うように、言葉を紡ぐ。それはまさしく魔女の呪いであり、勝利の興奮に沸いていたはずの戦場に、不吉な沈黙が訪れる。

『ニーナ・アインシュタインが考案し、ルルーシュの頭脳と枢木の身体能力があって初めて実現するはずだった、アンチフレイヤ・エリミネーター。フレイヤに対する唯一の希望は、カレン―――お前の妨害で失われた。永遠に』

『………何が言いたいの?』

 名指しされたカレンが訝るような様子で口を開いた。C.C.はくつりと咽喉の奥で笑う。

『すぐにわかるさ。………自分たちが何をしてしまったのかが、な』

『え………?』

 中空に佇む紅蓮の背中越し、上昇していくダモクレスのフレイヤ発射口がまたしても開きつつあることに、C.C.はとうに気付いていた。その発射口が向くのは斑鳩か、アヴァロンか―――あるいはついに、シュナイゼルは『ダモクレス計画』とやらを始動する気だろうか? トロモ機関から離反した研究員が漏らした、シュナイゼルの導く最悪の未来が、ついに実現しようとしているのか。

 けれどもはやC.C.にはどうでもいいことだった。世界の傍観者であった彼女を繋ぎとめる楔たるルルーシュは、世界より失われた。残された者、彼を裏切った者たちがどうなろうと、彼女の知ったことではない。

 だから再び降り注ぐ白い光から逃げようともせず―――目を閉じ、瞼の裏に共犯者の面影を抱いたまま、C.C.の意識はCの世界へと呑まれていった。

 

 

 

 

『C.C. ………』

 C.C.を焼いた光の跡地を見つめたまま、カレンは呟いた。

この場では確かに勝者であるはずの彼女だったが、カレンは敗者となったC.C.の言葉に、姿勢に気圧されていた。そんな自分を直視しまいと目を逸らし、彼女はゆっくりと機体を旋回させる。

もう、ルルーシュは死んだ。自分たちは勝ったのだ。後は星刻たちがアヴァロンを抑え、代表たちを救い出せばいい。残党のブリタニア軍はルルーシュがギアスで操っているだけだから、ルルーシュが死んだ以上脅威ではないはずだ。

そんなことを自分に言い聞かせながら振り向いたカレンは、しかしすぐさま凍りついた。

『………え?』

 頭上から降り注いだ白光が、目の前にあった“何か”を消し飛ばす。

 “何か” ―――そう、ルルーシュの旗艦であったアヴァロンを。中にいたはずの、代表ごと。

『っ、て、天子様ぁぁああぁあああッッ!!』

 一瞬の放心の後、絶叫する星刻の声が聞こえた。アヴァロンの中にはまだ天子も、神楽耶だっていたはずなのだ。

 けれどシュナイゼルの凶行はそれで終わりではなかった。ダモクレスから次々と放たれるフレイヤが、今度は戦場ではなく遥か彼方へと、まるで空を切り裂くかのように鋭い軌跡を描いて迸る。

 眩い閃光が空を染め、それからかなり遅れてかすかに爆音が聞こえてくる。音と光にこれだけのタイムラグがあるのならば、おそらく爆心は相当に離れているのだろう。それにも関わらず、かすかとはいえ爆音が届き、大気を揺るがす振動まで伝わってくる。一体どれほどの被害が、どれほど多くの場所で、繰り広げられているのだろうか。

『あ、あ………ぁあ、』

 じわじわと、カレンの背筋を堪えがたい悪寒が這い上がる。

 

 

―――すぐにわかるさ。………自分たちが何をしてしまったのかが、な

 

 

 ほんの少し前に、C.C.が言い遺した言葉が脳裏に蘇る。

 ルルーシュを倒せば何もかもが終わるはずだった。

人を駒のように扱って戦争(ゲーム)を行い、ギアスなんて物で人を操った男。権力に溺れて、世界を欲しいままにしようとして―――だから、ルルーシュさえいなくなれば、やっと世界は平和になるはずだったのに。

 けれど目の前で繰り広げられる現実が、それを否定する。

『シュナイゼル! どういうつもりだ!? もうルルーシュは死んだ!! こんな………こんなことをする必要はないはずだ!!』

裏返った声音で扇が喚くのが、カレンの耳にも届いた。それは紅蓮の通信機器からでなく、外部の集音装置から聞こえてくる。―――扇とシュナイゼルの会話は扇が斑鳩の脱出艇からダモクレスへ繋いだ通信で、本来ならばカレンが聞こえるはずがなかったが、受信した側のシュナイゼルがあえてそれを世界中へと発信していたのだ。自らの勝利宣言と、そして全世界への宣告を下すために。

一方でKMF同士の通信機からは、天子の名を半狂乱で呼ぶ星刻の声が途切れ途切れに聞こえている。天子に忠誠と、もしかしたらそれ以上の感情を抱いていたかもしれない星刻には、この現実は到底受け入れられるものではないのだろう。

もっともそれは、星刻だけに限った話ではなく、唾を飛ばさんばかりに喚きたてる扇に、シュナイゼルが冷たく嗤う。

『君たちには礼を言うよ。君たちは全く扱いやすい『手駒』だったからね』

『な………ッ!!』

 シュナイゼルが扇にぶつけた言葉は、もちろんルルーシュの『手駒』扱いに怒り狂った彼らへの皮肉であった。自分たちを駒としたと憤っておきながら、自らシュナイゼルの手駒に成り下がった彼らへの。

『唯一にして最大の障害であったルルーシュ―――ゼロはもういない。君たちが裏切り、殺してくれたからね。だからこそ、もはや私を阻む者はいない』

『………ッ、』

 ぐ、と息を飲んで扇は言葉を失った。シュナイゼルの目には言うべき言葉を捜してパクパクと空しく口を開閉する扇の顔が見えていたが、既に彼の眼中には扇も、騎士団も存在していなかった。だから彼は、彼の齎す新たな秩序を受け取るべき数多の民衆へ向けて、その言葉を紡ぐ。

『全世界の民衆よ。直ちに全ての争いを停止せよ。さすれば世界は全て、天空要塞ダモクレスと、慈悲深きナナリー陛下の御名の下、等しく繁栄を迎えるだろう』

 先ほどのフレイヤは、アヴァロンにいた超合衆国の全代表たちを消し飛ばし、中華の首都や蓬莱島、トウキョウ租界、そして超合衆国に加盟していなかったEU諸国の中枢へ向けて放たれていた。すなわちそれは、地球上にあった有力国家の大部分の行政組織を壊滅に追い込んだに等しい。もちろん含まれなかった国、あるいは地方都市に行政機能が残っている国もあるだろうが、それでも未曾有の混乱に陥ることは間違いなかった。どの国も自国を機能させるので精一杯で、到底彼らに逆らう力など持ち得ないだろう。

 混乱と悲鳴、恐慌に揺れる人々へと、シュナイゼルは言葉を重ねる。

『ナナリー陛下は争いをお認めにならない。全き平和をお望みである。陛下の御心に背き、尚も争い過ちを重ねる者へは、裁きの光が降り注ぐだろう。―――人々よ、争いを止めよ。さもなくば、裁きの光が降り注ぐだろう………』

 世界へと下される宣告、そして絶望を告げる声。

 それはシュナイゼルに加担したカレンたちにも等しく降り注ぎ―――。

 

 

 

この日―――世界から、希望の光は失われた。

 




Darkest before the dawn

終焉、そして―――



 

inserted by FC2 system