「………は? 視察?」

 通話越しに聞こえてきた単語に、ルルーシュは怪訝そうに眉宇を顰めた。通信の向こうでも、相手が肩を竦めたような気配がする。―――もっとも、映像機能はついていないため、それを確かめることはできないが。

「しかも2日後だと? また急な話だな」

 ケセドニアにある事務所の執務室で仕事中だったルルーシュは、机の上に置いてあるカレンダーに視線を向ける。先方が指定してきた日時は今日から数えてわずか2日後であり、どう考えても無茶苦茶だった。―――相手方の身分を考えても。

「………で? その2日後に我が社をご訪問されるのが、キムラスカ王の一人娘、ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア殿下、と。そういうわけか」

 ありえんだろう、とため息をついたルルーシュに、通話相手―――ミレイも疲れたように頷いた。

『たった2日前に王族の視察を宣言されたって、そうそう対応できるものじゃないわよねぇ。普通は王族なんて雲の上の人種なんだし、現場の責任者じゃ手に余るわよ』

 ミレイは頭痛い、と言わんばかりにため息をつく。

 件の王族―――キムラスカ王女の名で突然の視察を申し渡されたのは、彼らランペルージ商会がシェリダン近郊に建てた工場群だった。事業の拡大による基幹部品の需要増大に伴った、それらの部品の製造拠点の確保という名目になっている。

それらはシェリダンの譜業製造者たち―――『め組』を中心とした複数の工房だ―――との共同出資で建設され、ランペルージ商会が運営を行っている工場で、実際そこで作られているのは間違いなくその基幹部品の類だ。ラーデシア大陸独立を視野に入れて、大陸内の活性化のために建てた物ではあるが、キムラスカへの税金だってきちんと納めているから、正直視察されて困ることは何もない。

『まあ、抜き打ちで視察して粗を探そうって腹なんでしょうね。………ほら、北区に去年建てたヤツ。わざわざ場所を指定しての視察だったから』

「………ああ、そういうことか。大方、うちを妬んだどこぞの輩に吹き込まれたんだろう」

『年端もいかない子供をだまくらかして、無理矢理働かせてる―――とか?』

「そういうことだ」

 ミレイがおどけて口にした台詞に、ルルーシュは頷いて見せる。

 彼らが話題にしている北区の工場とは、完成部品の箱詰め、梱包等を行う軽作業専門の場所である。技能や知識がなくとも可能な作業であり、そこで働いているのは、実際年端もいかない子供ばかりだった。

 しかし別に彼らは子供たちをだまくらかして酷使しているわけではなかったし、そもそも就業時間は一日わずか4時間だけ。―――ほとんどが孤児である彼らは、工業地区に併設した居住区にある、孤児院兼学問所の子供なのである。

 数年後のラーデシア大陸独立を視野に、ルルーシュたちは広く人材を集めていた。国籍出身を問わず、預言や国家に虐げられて不満を持つ者、あるいはビジネスと割り切って付き合える人間。

そうして即戦力である彼らを取り込んでいく一方で、将来的に国を担う人材の育成も疎かにはできなかった。

しかしラーデシア大陸にある街は、メジオラ高原の隠れ家を除けばシェリダンだけであり、そのシェリダンの子供たちは周囲の環境のせいか、ほとんどが技術者を目指してしまう。将来的に国を運営していく人材の育成が必要不可欠だった。

 そこで、ルルーシュは孤児たちを集めて教育することを考えた。ホド戦争の後、かなりの痛手を被った両国は満足に戦後の補償をしなかったから、数年―――下手をすれば10年以上にわたって国内外は荒れ続けた。当時の戦災孤児たちは既に成人近くなっているが、子供を育てる余裕がなく捨てる親、盗賊や野盗に親を殺された子供など、暮らしに困る子供は依然として少なくない。

ルルーシュはそうした子供たちを集め、衣食住を保証すると同時に教育を受けさせているのである。孤児たちは預言など詠んでもらう機会はまずないから、一般家庭の子供ほどに預言に傾倒することはない。中には、そんなものに出す金があるなら―――と不満を抱く例もある。洗脳と言ってしまっては聞こえが悪いが、教育を受けさせることで、さらなる預言離れを進めていくのも容易であった。

現在その施設で預かっているそうした子供は、およそ50名ほどだ。これを二つのグループに分け、片方が午前に工場で軽作業を、その間にもう片方が学問所で勉学を、して昼の休憩後は両者が逆転して学業と作業をこなし、その後は自由時間となるのである。

 子供たちに支払われる賃金はお世辞にも高いとは言えないが、衣食住を保証していることを考えれば、むしろ十分すぎると言えるだろう。実際その工場での収支と孤児院の運営資金を合わせれば、確実に赤字である。しかし他での利益で十分にカバーできる範囲だったし、ルルーシュは将来を見据えた必要な出資として割り切っていた。

 だから別に視察されて困るようなことはなかったが、おそらく王女に吹き込んだ何者か――― 一応後のことを考えて、そのあたりは探りを入れた方がいいだろう―――は年端もいかない子供を働かせているとだけ情報を得、嬉々として密告したのだろう。先日から王女として公務につくようになったナタリア王女は、正義感が強い―――のはいいとして、少々思い込みが強く猪突猛進な面があるそうだから、上手くいけば盛大に騒いだ挙句に大事にしてくれると思ったのかもしれない。

『まあでも、そういう意図なら抜き打ちで視察はいいとして、場所まで事前に指定しちゃったら筒抜けなのにねぇ』

「だな。………まあ、こちらとしてはありがたいが。それに考えてみれば、王女の人柄を実際に知るという意味では、そう悪い話でもない」

 そう遠くない将来、ルルーシュたちは間違いなくキムラスカと敵対する。現国王インゴベルトは壮年で、そうすぐに次代に王位を譲ることはないだろうが、それでも将来的にキムラスカを統べるのはナタリア王女と、おそらくはその伴侶となるファブレ公爵子息ルーク・フォン・ファブレ。その片割れの人柄を知る機会は、彼らにとっても好都合である。

「とにかく、君がいる時でよかったよ。現場の人間に案内させるわけにもいかないからな」

『そうねぇ。さすがに、王女のお相手は荷が勝ちすぎるでしょうね』

 件の工場群の各工場長、そして施設自体の総責任者―――それぞれの顔を思い浮かべながら、二人はしみじみと呟いた。応対できそうな人間が全くいないわけではもちろんないが、卒なくこなせるかと言うとどうにも不安が残る。ルルーシュたちの考えが正しければ、王女とおそらくその一行は謂わば粗探しに来るわけだから、応対の拙さを論われる可能性もゼロではない。

 その点、ミレイはランペルージ商会で既に営業部門の統括役を務めており、王女を出迎える人間の肩書は十分だ。そしてかつての世界で、彼女は没落したとはいえ一時は皇族の後見を務めた大貴族の令嬢であり、皇族貴族への礼儀作法も叩きこまれている。オールドラントのそれとは少々勝手は違うが、そのあたりの差異はもちろん認識し、修正済みだ。ケセドニアにおり駆けつけるのが難しいルルーシュ自身を除けば、最も王女を迎えるホスト役に相応しい人物だろう。

「とにかく、そちらの方は任せた。王女の人柄と―――出来れば、今回の件を吹き込んだ人間も探りを入れてみてくれ。もっとも、念のため諜報部も動かすがな」

 単なる小物の妬みで済めばいいのだが、何か別の思惑がないとも限らないし、またどこぞの貴族だの商売敵だのと繋がって、面倒なことにならないとも限らない。商会でなくギルド経由で、咲世子程の腕利きではなくともそれなりに情報収集等を任せられる人材も確保できたから、彼らを動かせばいいだろう。

 そう考えながら指示を出せば、ミレイはそれを快諾した。その後、他に抱えるいくつかの案件を打ちあわせた後、ミレイとの通信を切る。

 そのまま仕事の続きに戻ろうとしたルルーシュは、しかしふと難しい表情で手を止めた。

 キムラスカの王女。いずれ『敵国』となるだろう祖国の王女であるが、それだけでなく、彼女の存在には複雑な感情を抱かずにはいられない。

「………」

 自分の比ではなく、彼の王女に複雑な心境だろう男を思い出し、ルルーシュはしばし思案する。

 そしておもむろに一度は置いた通信機を取ると、慣れた手つきで操作し始めたのだった。




Darkest before the dawn

ランバルディアの娘・1


 

※※※



ようやく? PTキャラが登場します。ゲーム開始の3年前なので、ナタリアは15歳。まだ公務とかデビューしたばかりという設定です。
あ、ちなみにサブタイトルがこんなんですけど、インゴ陛下と父娘の絆を確認し合うような話ではありません。むしろもう片方の父親絡みで。バダックさん、実は某キャラと本編開始前にくっつけたいんで、そろそろ娘についてふっ切って欲しい………というとっても勝手な都合です(爆)。
inserted by FC2 system