かつての主君と感動的でない再会(しかも一方的)を果たした後、スザクたちは成り行きでユフィたち一行と共に行動することになった。ノワールたち一行にとっては不本意なことだろうが、これにはやむをえない事情がある。

彼らが乗ってきた馬車が、結局部品が破損していたため直らなかったのである。そのため馬車を牽いていた馬に乗って移動することになったのだが、良家の子女であるノワールは鞍もついていない馬を乗りこなすことはできなかったし、まして幼女に過ぎないユフィは論外だった。誰かが一緒に乗って支えなければならないのだが、2頭いる馬の1頭をユフィと従者が乗ったとすると、ノワールが一人きりで乗らないといけなくなる。下手をしたら途中で落馬しかねない。

かといって、従者とノワール、そしてユフィの3人で1頭の馬に乗るのは馬への負担が大きすぎる。頭を抱えた従者に、打開策を提案したのは咲世子だった。

結果、現在1頭の馬に従者とノワールが、もう1頭に咲世子がユフィを抱えて乗り、その後ろにスザクがしがみつく形になっている。子供3人ならば馬への負担もそこまでではないし、『不審な子供』であるスザクについても、咲世子がユフィの盾役となることで一応の対策となっていた。―――ノワールたちにしてみれば咲世子も不審さで言えばスザクと五十歩百歩の存在だったが、背に腹は変えられないという苦渋の決断だろう。

そうして街を抜け、港へと続く街道を走っていた彼らは、不審な一団を発見した。いち早く気がついて咲世子が手綱を引き、遅れてノワールたちも立ち止まる。

「―――あれは………」

 木陰に隠れるように馬を寄せ、咲世子は目を凝らした。街道から伸びた細い脇道の先には、高い塀に囲まれた建物がある。

「………あそこって、軍の研究所じゃなかったっけ?」

「………そう言えば、2、3年前、街道沿いに軍の研究所ができたと聞いた気がしますね」

 孤児とはいえホド在住のスザクが呟けば、同じくホドで暮らしていた咲世子も頷く。

 一体何の研究をしているのか、一民間人、それも子供に過ぎないスザクたちが知っているはずもなかったが、その研究所がマルクト軍管轄下の施設で、高名な研究者が指揮を執っているらしいということは噂で聞いていた。門には常に複数のマルクト軍の兵士が詰めており、厳重な警戒をしていることも。

その門の前には今は何台もの馬車が止まっており、大きな荷物を抱えた者たちが忙しなく行きかっていた。どうやら建物の中から馬車へと、荷物を移しているようである。入れ替わりに、木箱に入った荷物を研究所内に運び入れている者もいる。

「………研究者、かな。白衣着てるし。キムラスカが攻めてきたから、研究資料を持ち出そうとしてる………?」

 入り口の様子を見ながらスザクが呟けば、咲世子は難しい顔で目を細めた。

「………襲撃されてから動いたにしては、手際がよすぎませんか? 馬車の用意も、持ち出す資料の準備も、すぐにできることではないと思いますが」

確かに咲世子の言う通り、突然の襲撃にしては手際がよすぎる。軍の基地から訓練された軍人たちが撤収するというのであればまだしも、ここは研究所である。持ち出す荷物を纏めるのも一苦労だろうに。

「「「………」」」

スザクもノワールたちも、苦い物でも飲み込んだような表情で沈黙した。

「………マルクト軍も、いるわ」

 半ば放心しながら、ノワールが呟いた。確かに彼女の視線の先には、青い軍服を着た男たちの姿がある。―――青はマルクトを象徴する色であり、国旗に始まり国の施設内の装飾に至るまで、あちこちに青色が使われていた。赤を尊び国家の貴色とするキムラスカから独立した際、それに対比させるよう、初代皇帝が制定したという。この色の軍服を着るのは、オールドラント中を探してもマルクト軍だけしか存在しない。

「どうして軍が………キムラスカが攻めてきているのに………」

 知らず我が身を抱き寄せながら、ノワールは呻いた。今まさにこのホド島の西南側では、キムラスカによる襲撃を受けている。真っ先に救援に駆けつけるべきマルクト軍が、救援にも向かわずこんなところで―――そう、まるで夜逃げ紛いの真似をしているのか。

「まさか、マルクトはキムラスカの襲撃を知っていた………?」

 咲世子が研究所の方角を睨むように見据えながら、ぽつりと呟く。

研究所の様子から浮上すること―――それはすなわち、マルクト軍は事前にキムラスカの襲撃、あるいはその可能性を把握していたのではないかということだ。だからこそ、軍事機密を守るため研究所を放棄し、資料や研究員を撤収させようとしているのではないか。

そしてその場合、悠長に嫡子の生誕祝いの宴などを催していたガルディオス家には、キムラスカに関する情報が伝達されていなかったということになる。

―――そう。ホドは、ガルディオス家は、マルクトに見捨てられたのだ。

「そんな………」

 咲世子の言葉に、スザクは呆然と呟いた。

 しかし考えてみれば、こんなにも易々と奇襲を許したことも、軍からの情報が止められていたのだと考えれば合点がゆく。ホドに攻め入るには少なくとも軍艦数隻を用意せねばならず、しかしそんな軍艦が航行していれば、嫌でも人目につくし噂にもなる。例えばキムラスカ軍がバチカルを出発し、イスパニア半島の北にある小島に隠れながら進んだとしても、そもそもそのイスパニア半島がマルクト領であり、マルクト軍の目につく可能性はある。

ましてキムラスカが戦を始めるべく食糧や物資を溜め込んだとして、その調達先はケセドニアを介してとはいえ、マルクトなのである。キムラスカの物資の流れなど、マルクトには筒抜けだろう。

 けれどそうした情報が、ホド―――ガルディオス伯爵家には遮断されていたとすればどうだろうか。敵軍が近づいている中、能天気に嫡子の生誕祝いで盛り上がり、奇襲にも対応できず―――。

(でも、マルクトだってここをキムラスカに奪われることは避けたいはずだ)

 体力馬鹿と揶揄され続けたスザクとて、それくらいのことはわかる。ホドはオールドラントの中心に位置する交易の中心地であり、また世界最大の漁港があるのもホドだ。そしてここを押えられてしまえば、マルクトの首都グランコクマはその咽喉元に敵国の拠点を造られたに等しい。グランコクマはルグニカ大陸北端に築かれた水上都市で、戦時には街に施された譜術障壁が発動するはずだが、帝都だけを防衛できたとしても食糧庫であるエンゲーブを押えられてしまえばジリ貧である。―――例えば情報の遮断がガルディオス家を疎ましく思う者の差し金だったとしても、帝国の被る損害があまりに大きすぎるのだ。正気の沙汰ではない。

(一体、マルクトは何を考えて………)

 考えすぎだと思いたくても、現実に彼らの視線の先では、軍人と軍属の研究者たちが撤収の準備をしているのだ。キムラスカによる侵攻の情報を得たばかりにしては、あまりに動きが早すぎる。

 愕然とする彼らの耳に、ドン、という爆音が届く。

「「「「………ッ!」」」」

 振り返れば、市街地―――領主館の方角から、火の手が上がっている。キムラスカ軍を押えきれず、上陸を許してしまったのだろうか。

「………急ぎましょう。長くは持ちません」

 意識を切替えた咲世子が、同行者たちを促した。キムラスカ軍が上陸したとなれば、市街地も無事ではすまないだろう。あるいは島を完全に包囲される前に抜け出さなくては、船に乗れたとしても逃げられなくなる。

「でも………!」

 街の方角を振り返って、ノワールは弱々しく首を振った。一度は覚悟したはずの事態―――けれど、マルクト軍が動かない可能性が出てきた以上、ホドがキムラスカの前に陥落する可能性は高くなる。そうなった時、数々の戦場で武勲を挙げてきたガルディオス伯爵をキムラスカは生かしておかないだろう。それに連なる者たちも、無事で済むとはとても思えない。

(お父様………お母様!)

 ガルディオスの屋敷にいるかもしれない父母を想い、ノワールは反射的に馬から降りようとした。けれど同乗していた従者が押しとどめる。

「………離して!」

 もがくようにして暴れるノワールを抑え込み、彼は悲痛な顔で首を振る。

「………なりません、お嬢様。旦那様方の生死が不明である今、ダレット家の務めはお嬢様が果たさねばなりません。――――お分かりでしょう?」

「………っ!」

 一つ一つ、言い聞かせるように紡がれた言葉に、ノワールは泣きだす寸前の表情で唇を噛んだ。

 彼女は聡明な少女だった。古の血を継ぐ一族の後継たれと、厳しく教え込まれてもきた。―――だからこそ、年相応の少女として感情のままに振舞うわけにいかないことを、嫌というほど理解している。

「のあ姉さま………」

 咲世子の腕の中から、ユフィが心配そうに従姉を呼ぶ。のろのろと視線を巡らせたノワールは、泣きそうな顔で自分を見つめる幼い従妹を見、やがてきつく目を閉じた。

(ユフィ………。そう、そうね………この子を、連れて………逃げないと………)

 それ以上暴れることもなく、ノワールは悄然と項垂れた。従者も、そして大体の事情を察したスザクと咲世子も、悼ましげに眼を伏せる。

 それでもいつまでもこうしていられるはずもなく、咲世子が控えめに口を開いた。

「………少し、迂回していきましょう。彼らと鉢合わせした場合、口封じに襲われる可能性がありますから」

 街道をそのまま走ったのでは、撤収を終えたマルクト軍に見咎められる可能性がある。そう指摘する咲世子に皆も頷いて、再び彼らは港を目指して馬を走らせた。

 

 

 

 

 

 辿り着いた北の港には、隠し通路から逃れてきた形跡はまだなかった。後ろ髪を引かれる思いで、それでも隠してあった小船の一つを用いて彼らは島を出る。

 どれほど進んだだろうか。日も落ちた頃に島を出、夜通し海を行き―――明け方近くの一際夜の濃い頃に、彼らはイスパニア半島へと辿り着いた。船から陸地へと降り立って、後にしてきたホドの方角を見る。ホドに最も近いこの半島からは、微かに水平線の辺りにホドの島影を見ることができるはずだった。常ならば闇に紛れて見えなくなるだろう島影も、戦火に彩られている今は、ちらちらと赤い光が見てとれる。

「「「「………」」」」

 誰もが思い思いの感情を胸に目を細め、唇を噛み―――その時、島の方角で目映い光が膨れ上がる。

「な、何………!?」

 まるで何かが爆発したような、あるいは焼き尽くされたかのような―――そんな錯覚を覚えたほどの白光は、やがてゆっくりと収まっていく。

「………え?」

不安な眼差しでホドの辺りを見つめていた彼らのうち、最も夜目の利く咲世子が、戸惑ったような声を漏らす。

「咲世子さん? どうかしたんですか?」

 スザクの問いかけに、咲世子はぱしぱしと目を瞬かせた。

「島が………消えた?」

「え!?」

 ぎょっと目を見開いたスザクは、慌てて咲世子に倣って島の方へと目を向けた。同じく咲世子の言葉に絶句したノワールたちも、身を乗り出すようにして遠くホドの方角を見る。

「………っ、」

じっと眼を凝らしてみれば、確かに先ほどまで見えていた島影がどこにもない。夜陰に紛れたのか、あるいは光に目を晦まされ、見失ったのか。―――屋敷を、街を焼いていただろう炎すらも見つからない。

 茫然と見守るうち、ズ、ズズ、と足元から不吉な振動が響き始めた。それはホドの方角から生じ、遠く離れたこの地にまで波及する。

「一体何が………起こってるの………?」

 茫然と、ただ茫然と、ノワールが呟く。

 故郷が、家族が奪い去られるその光景を、彼らはただ立ちつくして見つめることしかできなかった。

 

 

 

      ※※※

 

 

 

 ND2002年―――マルクト領ホドは、キムラスカの侵攻を受けて滅亡する。

 ホドの領主であったガルディオス伯爵はキムラスカ軍の元帥・ファブレ公爵によって打ち取られ、その首級はガルディオスの名を冠した宝刀と共にキムラスカへと持ち去られた。キムラスカから嫁いだ伯爵夫人と14歳になる伯爵令嬢はキムラスカによって殺害され、この日5歳の誕生日を迎えたばかりの伯爵子息の消息は杳として知れず、ガルディオス伯爵家は2000年にも及ぶ歴史に幕を閉じることとなる。

 この戦争によって土地も財産も失ったホドの民は、ルグニカ大陸へ、そしてケセドニアへと流れついた。しかし戦時中の混乱、そして戦後には無益な戦争による貧困を抱えることとなったマルクトは、庇護者である領主を失ったホドの人々を保護することはなく、難民として切り捨てる。

 故郷を失い、流れついた先で迫害に晒され―――その後に生まれいずるは希望か、あるいは災いか。

 その答えを知るにはまだ、長い年月を要することになる。




Darkest before the dawn

亡失の島・4




※※※



諸事情から2、3話を改稿しました。ので、4話の冒頭部分は以前アップしたものに加筆した状態になってます。

まあ諸事情というか、研究所のシーンにノワールたちを立ち会わせたかったんですね。手っ取り早くマルクト不信にさせるにはちょうどいいというか(おい)。
あと、この後はルルーシュとの再会編になるのですが、書き始めた当初はホド組編、ということで纏めて一つの章にしようと思ってたんですが、場所も変わるし年数も経つし、ということで二つに分けることにしました。それに伴ってタイトルも変わってます。以前のサブタイトル、どっちかって言うと後半の再会シーン用なので。


というわけで次回(の最後の方?)でルルーシュ登場かな。どういう方針で動くのかも、そろそろ触れてこうと思ってます。

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