「ルルーシュ君! 一体何が………!」

 台車の側で待っていたニーナが、ルルーシュたちを見つけるなり心配そうに駆け寄ってきた。彼女は煤に塗れたルルーシュたちを見、そしてバダックに抱えられた老女のぐったりとした様子にますます顔を曇らせる。

「………焼き討ちだ。バチカルの………軍か、貴族か。多分、口封じのためだろう」

「………ッ!」

 告げられた言葉に、ニーナはひゅっと息を呑んだ。見る見るうちに血の気が引いて青褪めていく。

「酷い………」

 擦れた声がニーナの咽喉から零れ落ちる。

 彼女の両親は幼少期に亡くなっており、身内と呼べるのは祖父だけだ。もともとの内向的な性格と、『前世』の記憶という特殊な事情もあって、近所の子供たちとの交流も皆無に近い。

 けれどルルーシュ同様アディシェスをどこか『仮宿』と思っていた彼女とて、6年を過ごした土地に、景色に愛着はあった。よくしてくれた人たちだっている。あのまますんなり戦争が終わったところで、かつてのままの光景が戻ってくることはないと理解してはいたけれど―――それでも、突きつけられた現実は、あまりにも残酷だった。

「アディシェスの皆は………?」

 半ば以上その答えを確信していたが、ニーナは恐る恐る問いかけた。

「………ほとんど手遅れだった。館に閉じ込められて、火を掛けられて………生きていたのは、1人だけだ」

 バダックに抱えられた弱りきった老女を視線で示しながら、ルルーシュは苦々しく首を振る。

「そんな………」

 あまりにも惨いその行為に、ニーナは言葉を失った。かつての世界でニーナはブリタニア人―――『強者』の側にいたが、軍人として戦場に立ったこともなく、ブリタニアの行う侵略と迫害を知識としては知っていても、本当の意味ではその暴虐を理解していなかった。おそらくどこか遠いものだったのだろう。その一端を、ニーナはようやく思い知る。

 言葉を失ったニーナから視線を逸らし、ルルーシュはバダックへと向き直った。

「バダック、どうだ?」

「………あまり楽観視はできんな。随分と呼吸が弱い。元々相当体力が落ちていたようだし………」

 救出した老女を介抱していたバダックは、難しい顔でそう言った。元々老齢の上、食糧不足で弱っており、そこに来てあの焼き討ちである。助かるかどうか―――あるいは、助かったとしてもそう長くはないかもしれない。

「………そうか。とにかく、休めるところに連れて行こう」

「ああ」

頷いたバダックは、台車の荷台を空けて彼女を横たえた。

「ジョゼット、行けるか?」

 それを見届けたルルーシュは、振り返って問いかける。

「………ああ」

 半ば引きずられるようにここまで戻ってきたジョゼットは、言葉少なに頷いた。故郷に起こった悲劇と母親の死―――いまだ幼い彼女には過酷過ぎる現実だったが、ジョゼットはあの場で一度取り乱しただけで、表向きとはいえ平静を取り戻したように見える。それを痛々しく思いつつも、ルルーシュはそうか、とだけ返す。安易な慰めの言葉など、彼女の心を逆撫でるだけだ―――大切なものを奪われる痛みを、ルルーシュも確かに知っていたから。

「ニーナも、船まで急ぐぞ。………大丈夫か?」

自分と同様あまり身体を動かすことが得意でないニーナに、ルルーシュは問いかけた。悠長に歩いている暇はない。行きに数時間掛けて歩いた道を、急いで戻らなければならなくなるだろう。

「うん、私なら大丈夫。心配しないで」

 命があるだけ幸運なのだ。弱音を吐いてなどいられないと、ニーナはしっかりと頷く。

「………よし、なら――――」

「………まて」

 行くぞと、そう言いかけたルルーシュの言葉は、バダックに遮られた。

「どうした?」

 怪訝そうに問いかけたルルーシュだが、バダックは険しい顔で燃え盛る街を睨みつけている。

「あれは………」

釣られるように視線を向ければ、火の粉を蹴散らし砂埃を立てて駆けてくる騎馬(もっともかつての世界の『馬』とは違うのだが)の一団があった。もちろんアディシェスの生き残りではないだろう。

となれば―――。

「―――街に火を放った奴らか」

 冷え冷えとした声音でルルーシュは呟いた。耳にした者すらも凍てつかせそうな声だ。

 ルルーシュの放つ鬼気は常のジョゼットなら思わず後ずさったことだろうが、今の彼女は身を焦がすような怒りに支配されていた。のこのこと現れた仇を前に、ジョゼットはキリリと唇を噛む。

「よくも………母上をッ!」

腰に佩いた剣に手を掛けながら、ジョゼットは男たちに向かって駆けだした。

「落ち着け、ジョゼット! 騎馬にかかっていってどうする。跳ね飛ばされるだけだ!」

 バダックが慌てて彼女の腕を掴んで引きとめるが、血の上ったジョゼットは目を吊り上げて振り払おうとする。

「放せ! あいつらが母上を………街を!」

 母を、街を―――彼女の愛する全てを無惨に蹂躙し、火を放った輩。決して許しはしないと、邪魔をするなと、ジョゼットは叫ぶ。

「………ああ、そうか」

 ルルーシュはくつりと咽喉を鳴らして呟いた。この場に不似合いな笑いの気配に振り返ったジョゼットは、しかし思わず息を呑む。

「ル、ルルーシュ………?」

 ルルーシュは薄っすらと嗤っていた。紫の瞳は怒りと興奮に爛々と輝かせ、少女と見紛う繊細な美貌は魔的な色彩を帯び――――。

(ああ………そうか――――)

 身を焦がす怒りと憎悪―――ルルーシュにも嫌というほど覚えのある感情だった。

 謂われなく虐げられ、殺されていく者たち。

 理不尽に奪われ、追い立てられる者たち。

 夢などではない、仮初でもない。

(――――これが、現実だ)

 自分は確かに今、ここにいる。

 この地に生まれ、この地に生き―――そして、確かに今、ここにある。

それをようやく認められた。取り返しのつかない喪失を経て、ようやく。

けれど――――。

(………俺はもう、迷わない)

 奪われることに甘んじたりはしない。

 アディシェスを封鎖したキムラスカ、今また残された者たちに火を放ったキムラスカ。

 愚かで醜い、為政者たち。

「俺は―――キムラスカをぶっ潰す」

 叫ぶでもなく、喚くでもなく、ルルーシュは淡々と呟く。

 けれどその声音に秘められた怒りと意志は固く―――。

「―――ますは、貴様らだ」

 紫に輝く瞳が、炎を映して仄赤く煌めいた。

 

 

 

 

 男は騎馬を操り疾走しながら、内心は激しい焦燥に駆られていた。周囲へと投げかける視線は、しかし目的の物を何一つ見つけることはできない。

(拙いな………。逃げられたか?)

 簡単な任務のはずだった。戦える男たちは皆出征した辺境の街、残った女子供を集めて拘束し、火を放つだけ。

 実際、女たちを丸めこむのは簡単だった。領主夫人も住民たちも、『とある貴族の善意』で食糧を差し入れに来たという口上を疑いもしなかった。飢えに苛まれ、思考力も落ちていたのだろう。さすがにバチカルがアディシェスとセシル伯爵家に下した処断を翻したと言われれば不審を覚えもしただろうが、アディシェスの窮状に心を痛めた善意の施しだとすれば、比較的ありえそうに思えたのだろう。あるいは、疑ってかかるほどの余裕がなかっただけかもしれないが。

 そうやって食料を受け取りに来た大人たちを閉じ込め、火を放った。後は残った子供たちを狩りだしていくだけ―――けれど、その子供たちが一人として姿を見せないのだ。仮に衰弱して寝たきりだとしても、火が広まり始めた街の中、誰一人逃げてこないのはおかしすぎる。全員が全員、全く動けないということもないだろうに。

(どうする………?)

 視線を巡らせれば、彼の『部下』たちもまた戸惑ったような顔をしている。今回の任務のため雇い入れた彼らは、炎から逃げ延びた者たちを狩りだして殺していく手筈になっていた。野盗紛いの仕事だが、彼ら自身傭兵崩れのゴロツキでしかなく、今更良心の呵責を覚えるような者たちでもない。彼らの困惑は対象の不在に因るものだろう。あるいは報酬の減額でも心配しているのかもしれない。―――もっとも、無事仕事が成功したとして、帰りの船の中で毒を盛り、難破を装い死んでもらう予定ではあったのだが。

(ここから逃げ延びたとすれば、行先はシェリダンか? さすがにあそこには手が出せんな)

 戦時中はシェリダンはキムラスカ王家の管理下に置かれ、キムラスカ軍が駐屯することになる。さすがに迂闊な手だしは出来なかった。

(………仕方ない。ここは一度報告に戻るか―――取り合えず、こいつらは始末して………)

 そう脳内で段取りをしていた男は、前方への警戒が疎かになっていた。煙と火の粉で視界が悪かったこともあるだろう。

「燃えさかれ。赤き猛威よ。―――イラプション!」

男が前方の人影に気がついた瞬間―――澄んだ声音に導かれ、地面から湧きあがった溶岩が辺り一面を焼きつくしていた。

「ぐあぁあぁあぁああっ!!」

「うおっ!?」

 辛うじて避けられた者、避けきれずに溶岩に呑まれた者―――怒号と断末魔の悲鳴が木霊する。

「く………ッ、何者だ!?」

 騎馬を操り炎の沼を回避した男は、槍を構えて誰何した。しかしそれに返る言葉はなく、間髪いれずに次の譜術が炸裂する。

「炎帝の怒りを受けよ。吹き荒べ業火。―――フレアトーネード!」

 炎を纏った竜巻は、周囲の炎を煽って燃えさかった。それをまともに浴びてしまった騎馬がのたうち回り、男は振り落とされて転げ落ちる。

「うぉおぉおおおぉおお!!」

 その炎の壁を切り裂いて、大鎌を振りかぶった巨漢の男が躍り出る。

「くっ、」

 槍の柄で辛うじて一撃を食い止めたものの、拮抗していたのは一瞬だった。互いの膂力の差はあまりにも大きく、男の手にした槍は容易く跳ね飛ばされる。

そのまま振りかぶられた大鎌を前に、男は自らの死を覚悟する。

「ぐ………ッ!?」

 次の瞬間、首筋から即頭部に走る鈍い痛みと共に、男は意識を失った。

 

 

 

 

 気を失った指揮官らしき男と、まだ息があったゴロツキ紛いの男の一人を捕らえると、ルルーシュたちは迫りくる炎を避けて街の外まで急いだ。男たちの乗っていた騎馬が全て使い物にならなかったためラルゴが一人を、そしてルルーシュたちが残る一人を引きずっていくことになった。お陰で余り遠くまで避難ができず、辛うじて火の届かない場所まで移動するのが限界だった。

「………さて、そろそろいいか」

 ルルーシュの呟きに頷いて、バダックはぐったりと意識を失った男に歩み寄った。男のベルトを剥いで後ろ手に拘束し逃げられないようにした上で、乱暴に揺さぶって叩き起こす。

「ぐ、ぅ………っ」

 呻き声をあげて意識を取り戻した男は、力なく2、3度頭を振った後、自分の置かれた状況に気がついたのだろう。一瞬だけ目を見開いた後、忌々しげに舌打ちをする。

「………余計な真似はするな。死にたくなければな」

 その眼前に大鎌の刃を突きつけながら、バダックは低く恫喝した。

「………」

 むっつりと黙りこくった男に、ルルーシュは問いかける。

「アディシェスを焼き討ちしたのはお前たちだな? 誰に命じられた?」

「………」

 なおも口を噤んだままの男に、ジョゼットが目を吊り上げる。

「答えろ! 誰があんな真似をした!? 私たちが何をしたというのだ!!」

 激昂し、詰め寄ったジョゼットに、男は唾を吐きかけた。

「な………ッ!」

 思わず殴りかかろうとした彼女を、ルルーシュが押しとどめる。

「答える気はない、か。………まあ予想の範囲内ではあるが。そちらの男はどうだ?」

 ルルーシュは火傷を負ったまま転がるゴロツキに視線をやる。その背に、指揮官の男がくつりと笑って呟く。

「………無駄だ。そいつらは何も知らん」

「………」

 男の言葉にちらりと視線だけをやったルルーシュは、ゴロツキを蹴り起こして尋問する。しかし男の言う通り、雇われただけのゴロツキたちは何も知らされていなかったらしく、自分は何も知らない、関係ない、見逃してくれと見苦しく喚くだけだ。

 舌打ちしてゴロツキを意識から締め出したルルーシュは、バダックと目を見合わせて嘆息する。腕前の方はともかく、この男だけはきちんと訓練された、『仕える側』の人間だった。しかし―――だからこそ、容易く口を割るとは思えない。ギアスがあれば簡単だったのにと、ない物ねだりの一つも出そうになる。

「………どうする? 簡単に口を割りそうにないが………隠れ家に連れ帰るか?」

「………いや、居場所を知られるのは得策ではない。戦えない子供もいるんだ。危険すぎる」

 二人は顰めた声音でやり取りする。―――その目が、不意に見開かれた。

「ぐ、ぁ………が、ぁぁああああぁぁああ!」

 俯いて口を噤んでいた男が、突然苦しみ始めたのだ。目を剥いて口を開き、絶叫と共にのたうち回る。

「まさか毒か!?」

 バダックは、男が隠し持っていた毒を含んで自殺しようとしたと思ったようだった。しかし毒の種類、服用方法がわからないため、手の打ちようがない―――そう考えていたバダックに、ルルーシュは首を振る。

「―――違う。毒じゃない」

「何?」

「こいつの咽喉を見ろ」

 促され、目をやったバダックは息を呑んだ。ジョゼットやニーナも、小さく息を呑む。

「何だ、これは………?」

 ジョゼットの声音はわずかに震えていた。

 男の喉元には、不可思議な文様が浮き上がっていた。鈍く、薄赤く光る―――まるで不可思議な幾何学模様のような。

 そこから蜘蛛の巣のような、あるいはガラスに走ったひび割れのような物が、男の咽喉から顎、胸元―――全身へと走っている。薄赤い光が脈打ち、男の生気を吸い上げていく。

 彼らが見守るわずか数分の間に、男の体はみるみるやせ細っていった。壮年の屈強な体格をしていた男は、ついにはミイラのような干からびた遺体となる。

「………ッ、」

 グロテクスな有り様に、ニーナが思わず口元を押さえて顔を逸らした。ジョゼットやバダックも顔色が悪い。

「何だ、これは………譜術、なのか………?」

 バダックが茫然と呟く。毒や何かでこんな症状が出るとは思えないし、咽元に浮かんだ不気味な文様を思えば、何らかの術が施されていたと考える方が自然である。

(………譜術? だが、俺が読んだ文献にはこんな術はなかったが………)

 もちろん、年齢に見合わない術が使えるとはいえ、ルルーシュは未だ自身を譜術をかじっただけのひよっこに毛が生えた程度のレベルであると認識している。術の専門家でもないし、広い世界にはこのような術が存在しているのかもしれないが―――どちらにせよ。

「………証拠の隠滅か。周到なことだ」

 焼き打ちを命じた者との繋がりは断ち切られた。この分では、所持品の中に素性の知れる物を残している可能性も低いだろう。苦々しい思いで舌打ちし、ルルーシュは遥か東の方角へと視線を向ける。焼き打ちを命じた者のいる方角―――バチカルの方角へと。

「………」

 燃えさかる街、赤く染まる空を背に―――ルルーシュは言葉もなく、見えない敵を睨みつけていた。

 

 

 

      ※※※

 

 

 

 ND2002、ホド戦争勃発―――同年、1年近くに及んだ戦争は終結する。

 多くの犠牲を出したこの戦争は両国に何ら益を齎すことはなく、10年以上もの間両国の経済を圧迫し、また悪化した治安も回復することはなかった。

 その多くの犠牲者たち―――戦死者、そして餓死者たち。後年、キムラスカでは形ばかりの慰霊碑が彼らのために建てられたが、弔われることすらなく打ち棄てられた、一つの街がある。

 ―――裏切りの街、アディシェス。

 ホドに嫁いだ一族の娘、ユージェニー・セシルと通じ、キムラスカを裏切ったセシル伯爵家。それに加担し、キムラスカに反旗を翻した反逆者たちの街。

 忌まわしき裏切りの地として人々は街の名を口にすることもなく、彼の地は見捨てられた土地となった。そんな名の街があったことすら、人々の記憶からは拭い去られていく。

 裏切りの街、―――礎の街、アディシェス。

 再び、この名が人々の口の端に上るまでには、実に16年もの歳月を要することになる。




Darkest before the dawn

礎の街・5




※※※



うーん、イマイチテンポが悪かったような気がしますが、一応これでホド戦争編は終わりです。次回は仲間終結編・ホド組の予定。これも1話じゃ済みませんが。


それにしても、どうもルルーシュブチ切れが淡々とし過ぎてた気がします。多分焼き打ちシーンでブチ切れ損ねたせいで、引き金が上手く引けなかったからかな、と。あそこでキレてた方が自然だったんですけど、そうなると多分逃げ遅れちゃうんですよね………。『キムラスカをぶっ潰す!』→焼けた柱の下敷き、とかどんなコントかと。

あと作中で使ってる譜術、両方とも中級譜術&火属性のFOFで変化するFOF技です。一応前回譜術使ったシーンから数か月しか経ってないですし、中級以上の譜術は使えない設定。ってかそんなポンポン上級譜術使わせるのもなーという気がしますし。まあTOSのジーニアスとか、子供でもバンバン術使ってましたけどね。………あーでもジーニアスはハーフエルフか。
ちなみに本来なら火系の術でFOFを溜めないといけないわけですが、火事のど真ん中で火の音素なんてゴロゴロしてそうなのでいきなり発動できましたということで。実際のゲーム中は火山の中だろうが雪山だろうが全然関係なかったですけどね。あと敢えて火系を使ったのは、万が一別働隊が調べに来たとしても、死因に不審を抱かれないようにと言うのがあります。逃げ遅れたと思わせたいというか。

………うん、ちゃんと文中で説明しろって話ですよね。いや、うっかり譜術シーンをモブ視点にしちゃったんで、ルルーシュの思考トレースが地の文でできなかったんです………。
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