「何があったか、ですか? もちろん覚えていますよ。魔物のことも、譜術のことも」

「………っ」

 穏やかですらある口調だったが、ウィリアムズ老は思わずごくりと唾を呑んだ。目の前にいるのが一体誰なのか―――姿かたちは確かに今まで目を掛けていた利発な子供のままなのに、もはや別人にしか見えない。

「………誰、なんだ? お前、ルルーシュじゃない………?」

 ジョゼットもまた、それなりに親しくしていたはずの又従弟の豹変に、目を見開いて呟いた。彼女は11歳という年齢の割に気丈な少女だったが―――いや、だからこそこの程度済んだというべきかもしれない―――知らず知らず、ルルーシュから遠ざかるように身を引いている。

 そんな彼らの反応はルルーシュにとって想定内だったため、彼は苦笑するだけだ。

「………まあ、そう思われるのも無理はないだろうな」

 今までルルーシュは8歳の子供として―――多少子供らしくない言動があったとしても、大人びた子供だと片付けられる範囲内に留まるよう、気を遣って振舞ってきた。それが突然かつてのような18歳の『青年』として振舞うようになれば、人が変わったようにしか見えないだろう。

「だが、俺は間違いなくルルーシュだ。いや………俺が、と言うべきか」

「………どういうことかね? まさか、我々の知るルルーシュとは別人だとでも?」

 探るような視線を向けたまま、ウィリアムズ老が問いかけた。半信半疑、いや、疑念の方が色濃い表情をしている。

「………そうですね。今まで見ていた『ルルーシュ』とは違う、という意味では間違いでもないですよ」

 肩を竦め、どこか突き放すような口ぶりのルルーシュに、ニーナは困ったような顔でため息をついた。

「ルルーシュ君………」

「………」

 嗜める響きの強いニーナの言葉に、ルルーシュは口を噤む。

 かつてのニーナとルルーシュは生徒会と通じた知人程度の付き合いでしかなかったが、ゼロレクイエムを通じた協力関係、そしてオールドラントで幼馴染として過ごした5年ほどの年月で、ニーナはルルーシュの本質に触れる機会を持っていた。

苛烈で、情が深く、潔い。

言いわけを嫌い、偽悪的に振舞いすらする。

ユーフェミアの仇として、ゼロに対して抱いた身を焦がすような憎しみを忘れたわけではないけれど、もはや憎しみで目を塞ぐことも出来なくなっていた。今の彼らの関係は前世から引き継いだ協力関係の延長線上であったが―――万が一にかつての世界に干渉する術が見つかったとして、ルルーシュの『悪逆皇帝としての死』を自分が受け入れられるのか、今のニーナには正直自信がない。

ユーフェミアはきっと、悲しむだろう。ユーフェミアだけでなく、ミレイも、リヴァルも―――確かに彼女にとって大切な、かけがえのない友人であった彼らも。

ぐるぐると絡まり合うような自身の感情を、ニーナはため息をついて仕舞いこんだ。離れて座っていた場所からにじり寄り、ルルーシュの腕を引いて声を掛ける。

「悪い癖だよ、ルルーシュ君。そういう言い方するの」

「………」

 他のことになら雄弁すぎるほどのルルーシュだが、自らの内面が絡むと、途端に口が重くなる。自身のそうした性質を、ルルーシュも自覚してはいるのだろう。―――改善する気はないようだが。

 蚊帳の外から内側へとやってきたニーナは、難しい顔で黙りこくった祖父に向かって口を開く。

「私たち、猫被ってたの。物心ついてから、ずっと。………黙っててごめんなさい、おじいちゃん」

 ぺこりと頭を下げながら、ニーナがそう告げた。ルルーシュも肯定するように頷く。

「………そういうことだ。素のままだと、いくらなんでも子供として異質すぎるからな」

 ニーナの言葉と、目の前で交わされるやり取りに、ニーナの祖父―――ウィリアムズ老はギギ、と音がしそうなほどにぎこちなく首を巡らせた。ルルーシュのように劇的な変化ではないが、てっきり内向的なのだとばかり思っていた孫は、自分やジョゼット、バダックらの険しい視線にも、臆することなく顔を上げている。

「ニーナ? まさかお前も、なのかね?」

「………うん」

 ニーナはバツが悪そうに頷いた。悪意があったわけではないのだが、騙していた後ろめたさはあるのだろう。

「なんと………」

 それきり、ウィリアムズ老は言葉を失った。なまじ身内と、それに近しい感覚で付き合ってきた子供たちのことだからこそ、上手く言葉が見つからないのだろう。何かを口にしかけては言いあぐねて口を噤むことを繰り返し、一向に話が進まない。

 ただ一人、身内ではない外野だったからこそ感情的な混乱を免れていたバダックが、進まない話に焦れたように口を挟んだ。凭れていた馬車の柱から身を離し、ルルーシュを威圧するように見下ろしている。

「………それで、それが本来のお前であるとして、その『お前』は何者だ? 10にもならん子供の言動でないことに、変わりはなかろう」

別人だろうが猫被りだろうが、今ここにいる『ルルーシュ』と言う存在の説明にはなっていない。そう指摘する言葉に、ルルーシュはバダックへと視線を向けた。彼は言葉を選びながら、ゆっくりと口を開く。

「………俺たちには、謂わば『前世』の記憶がある」

「前世?」

 馴染みのない言葉に、バダックは首を傾げた。突拍子もないことを言い出したと、驚いている風でもない。

その反応を見て、ルルーシュはこの世界の宗教観―――ローレライ教団に、死後に関する教えがないことに思い至る。廃れた土着の信仰まではわからないが、少なくともこの世界で唯一認められているローレライ教団は、預言の通りに生きていれば幸せになれると謳いはするものの、その教えの中に死後の安息も輪廻転生も出てこない。ある意味、現世利益を追求した宗教と言えなくもないだろう。

(………単語の意味と概念から説明しないといけないということか)

 若干気が遠くなりながら、ルルーシュは噛み砕いて説明する。

「つまり一度死んで、生まれ変わったということだ。そして今生きているのを今生とすると、以前の生を『前世』と呼ぶ。―――俺たちは、その前世の記憶を持って生まれ変わったらしい」

「「………」」

  バダックとウィリアムズ老が苦々しげな顔をする。十中八九、壮大な妄想を受け取られている気がして、ルルーシュは苦笑する。自分も何度、この世界に来てからそう思ったことか。ルルーシュは苦笑して肩を竦め、信じられないのも無理はないが、と前置きしながらも先を続ける。

「俺たちが生きていたのは、ここではない世界―――預言も譜術もなく、魔物もいない世界だった。俺もニーナも………いや、ニーナは巻き込まれたようなものだったか。とにかく、あまり平凡とは言えない境遇でな。否応なしに修羅場慣れしてるのさ」

「私はそんなでもないけど………ルルーシュ君は確かにそうだったね」

 皇族で、反逆者で、皇帝で。波乱万丈という言葉ですら、彼の半生を表すには生温いほどだ。それに比べれば自分など平々凡々なものだと、ニーナは首を振る。もっとも、彼女の場合は比較対象が規格外すぎるだけなのだが。

「………譜術も魔物もなくても、戦争はあった。原理は違うが、この世界で言うところの譜業のような物もな。それを使って人と人が殺し合い―――俺もニーナも、形は違えど、そこに加担していた」

「………。それで、生まれ変わった、ということは、その前世のお前たちは死んだということか。戦争でか?」

 難しい顔でルルーシュの話を聞いていたバダックが、覚えた疑問を差し挟む。

「そうだ。俺は18………ニーナは19だったな。そして気が付いたら、この世界にいた。記憶を、というか意識を取り戻したのが、ニーナと初めて引き合わされた日だから、2歳の時だな。ニーナもだろう?」

「うん。色んな事が全部浮かんできて、パニックになっちゃったけど」

 顔を合わせるなり大泣きしたことは、しばらく近所の大人たちの間で語り草となっていた。当然ニーナの祖父であるウィリアムズ老も知っており、彼はわずかに眼を見開いて、ルルーシュとニーナを見比べている。

 そこで一旦言葉を切ったルルーシュは、ぐるりとあたりを見回した。バダック、ジョゼット、ウィリアムズ老―――種類こそ違えど、彼らは皆複雑な顔でルルーシュを凝視している。すんなり信じてもらえるとは欠片も思っていなかったが、予想通りすぎる反応に、苦笑が漏れるというものだ。

「………生まれ変わり、というが、一体なぜそんなことに?」

 バダックの問いはわからなくもなかったが、そんなことを聞かれてもルルーシュも答えなど持っていない。

「さあな。俺にもわからん」

内心では、Cの世界やC.C. ―――あるいはギアスやコードが関わっているのかもしれないと密かに思っていたが、それにしても異世界だの生まれ変わりだのは、範疇を外れているのではないかという気もする。推測しようにも材料が乏しすぎて、『わからない』という返答も口から出まかせというわけでもなかった。

「ただ、その時点で俺の意識は18歳の物になった。だからと言ってその年齢通りに振る舞えば、2歳3歳の子供としては明らかに異質だろう?」

「………………そうだろうな。その年の子供がお前のように話し始めれば、両親はパニックだろう」

 実際、ウィリアムズ老たちはルルーシュの両親でもないし、ルルーシュ自身ももう2歳3歳でもないというのに、間違いなくパニック寸前の状態であった。今ですらそうなのだから、よちよち歩きの頃のルルーシュが今のように振舞えば、どれほどの騒ぎになったのかは想像に難くない。

 バダックの言葉にそんなことを想像しながらジョゼットたちに視線を投げたルルーシュだったが、彼女はバダックの口にした『両親』という言葉で、クロフォード家の夫妻について思考が及んだらしかった。恐る恐る―――警戒を浮かべた表情で、ルルーシュに向き直る。

「………小母様たちはご存知なの? その、前世、とか………」

「………いや。少なくとも、話したことはない」

 おっとりした母親、人がいい穏やかな父親。かつて得られなかった、ありふれた―――けれど得がたい愛情を与えてくれた両親を思い浮かべ、ルルーシュは首を振った。彼らが我が子の異質さに気づいていたかは、ルルーシュにもわからない。そしておそらく、確かめることも叶わないだろう。

「………小母様たちまで、騙してたってこと?」

 みるみる険しくなっていくジョゼットの形相を見ながら、ルルーシュは頷く。

「………結果的にはそうなるな」

 打ち明けることも出来たけれど、それをしなかった。容易に信じてもらえることではないからと自分に言い聞かせ―――けれど本当に信じていなかったのは、自分の方だったのだろう。向けられる愛情を、誰かに受け入れられる『自分』を。

「………!」

 そんな自嘲の滲んだ返答に、ジョゼットは目を吊り上げた。思わずルルーシュへと詰め寄り、掴みかかりそうになったジョゼットを、バダックが腕を掴んで制止する。

「落ち着け

「だが………ッ!」

「気持ちはわかるが、それは後にしろ、ジョゼット」

「………………っ、」

 旅の間、実戦に関する指南などを受けていたためか、ジョゼットはバダックに対しては一目置くようになっていた。バダックが流れの傭兵で、ジョゼットが貴族であることを思えば破格の対応だろうが、そこは貴族とは言え武を尊ぶセシル家の家風と、筋の通らないことを嫌うジョゼットの気質があってのことだろう。

 そのバダックの制止にジョゼットは渋々頷き、引き下がった。しかし不満と怒りまで飲み込んだわけでなく、彼女はきつい眼差しでルルーシュを凝視―――いや、睨み付けている。

 それを横目で見ながら、バダックは再びルルーシュへと向き直る。

「………それで、わざわざそれを口にした理由は何だ? 容易に信じられるとは思っておるまい?」

 ジョゼットたちを見れば明らかだった。容易に信じられることではないし、信じられたら信じられたで、揉め事の種にもなり得ることだ。―――バダックには少し話しただけでも、斜に構えたルルーシュの性格と、頭の回転の速さは読み取れた。そんな性質の人間が、楽観的に考えているとは思いがたい。

 それを敢えて明かしたのはどういう理由かと、腹芸を嫌う大男は率直に問いかける。

 そんなバダックの指摘に肩を竦めたルルーシュは、苦笑交じりに口を開く。

「まあ、惚け通すのも手ではあったんだがな。………だが、今必要なのは8歳の守られる側の子供ではない。そうだろう?」

「………」

 ジョゼットにしても、まだ11歳で、そして実戦経験のない子供に過ぎない。その彼女ですら、バダックに庇われながらとはいえ戦わねばならなくなるほど、彼らの置かれた状況は切迫したものだった。それはバダック自身、嫌というほど思い知っている。

「どうやら、俺にも戦う力はあるようだからな。だったら少しでも生存確率を高めたい。………現実問題として、この一行には大人の数も戦える人間の数も、少なすぎる。肉体的には子供に過ぎないが、後衛から譜術で援護するくらいなら、足手まといにはなるまい?」

「…………」

 だからルルーシュの指摘にも、反論の言葉がとっさに出てこない。子供を戦わせるわけにはいかないと、普段ならば口にする言葉を言い出せないほどに、この道行きは綱渡りだった。ルルーシュが確実に戦力になりうることを知っているからこそ、バダックの思考は揺れる。

「それに、他人に自分の命運を丸投げするのは性に合わない。俺は生き汚いんでな」

 他人に―――それも少々どころでなく頼りない面々に命運を握られ、ただ為すがままになっているのは御免だった。この先の道のりが過酷な物となることは明らかで―――だからこそ、ルルーシュは少しでも生き延びる可能性の高い方を選ぶ。それだけのことだ。

「「「………………」」」

 笑みを消し、はっきりと言い放ったルルーシュの言葉に、バダック達は言葉を失った。やがて長い沈黙の後、バダックがゆるゆると頷く。

「………いいだろう。正直、手段をえり好みしていられる余裕はないからな」

 しかしその言葉には、ウィリアムズ老が慌てて反論した。

「バダック! しかし………ルルーシュは、まだ8歳なのじゃぞ! 前世だの、子供の世迷い言を真に受けてどうする!」

 案の定というべきか、ルルーシュの言葉を信じられたわけではないらしい。

そもそも『前世』の概念がない彼らがいきなり生まれ変わりなど言われても、信じるよりは子供の妄想と片付ける方が自然だろう。もっともこの場合、オールドラントには概念すらない『生まれ変わり』を、子供がどうして妄想とはいえ言いだせたのかという問題は発生するのだが。

 しかしルルーシュと他人であった分、バダックは突き放して考えることができていた。何より、数少ない『戦える人間』である彼は、非戦闘員であるウィリアムズ老よりよほどこの先の道のりの険しさを知っていたし、そしてシェリダンについてからの生活の過酷さもまた、この場の誰よりも理解できている。だからあくまでルルーシュを子供として扱おうと主張するウィリアムズ老に、険しい顔で首を振った。

「しかしご老人、今のままでシェリダンまで辿り着けると?」

「………」

 痛いところを突かれたウィリアムズ老が口を噤んだ。結局のところ、問題はそこに集約される。

「一人でも多く、シェリダンへ逃げ延びること。それがこの旅の目的のはずでは?」

 それがバダックが、アディシェスの領主夫人からこの依頼を受けたときの契約だった。『あの事件』以来失意に暮れ、自暴自棄に過ごしていたバダックだったが、熟練の傭兵として培ってきたプライドは健在である。受けた以上は全力を尽くす―――そのためには、ルルーシュの協力は不可欠だった。

「…………」

 畳みかけるように紡がれた言葉に、彼は反論の言葉を見つけることができず、口籠る。

 そのやり取りを見守っていたルルーシュが、纏めとばかり口を開く。

「………どうやら異論はないようだな」

「そのようだ」

 ウィリアムズ老から反論の言葉がなくなったことで、ルルーシュとバダックは頷きあった。

 そこでふと、ルルーシュを見下ろしたバダックが、今気付いたとばかりに問いかける。

「………小僧、名は? 『ルルーシュ』でいいのか?」

 前世云々の話をしたからだろうか。『前世』の名でなくていいのかと、そう言いたいのだろう。

「ああ。………今も、昔も、俺は『ルルーシュ』だ」

「そうか。………俺はバダック・オークランドだ。バダックでいい」

 そう言って差しだされた大きな手に、ルルーシュも小さな手を伸ばす。  親子ほどに違う二つの手―――そして二人の道が、確かに交わった瞬間だった。


 

 




Darkest before the dawn

転機・5


 

※※※



うーん、書きながらじわじわこんな予感はしてたんですが、やっぱりこの時点ではジョゼットさんとは和解(?)は出来ませんでした。なまじ身内みたいに付き合ってた分、いきなり別人っぽくなっちゃったらすんなりとは受け入れがたいかなぁと。生真面目な性質ですしねジョゼットさん。一応、もう一個くらい事件を入れて和解を狙ってみたいと思います。
そして予定外に投入したラルゴですが、入れといてよかったと思いました(苦笑)。彼がいなかったらこの場面全然話が進まないですから。


ホド戦争編はやっと折り返し地点かな。あー、でもジョゼットさんと和解してからようやく折り返しと言う気もしなくもない。10話じゃ無理かも………。
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